aomidoro3

赤かっぱ · @aomidoro3

28th Sep 2014 from TwitLonger

@sailorsousakuTL 伊織が朝美ちゃんを怖がる理由となった初対面




「っは…ひっ…!」

 雨沢伊織は走っていた。常人と比べれば早歩きにも劣るスピードだったが、彼女にとっては確かに走っていた。頼りない心臓はすでにオーバーヒート寸前。まともなポンプ機能の働かないそれのせいで生まれてこの方運動をしたことがない伊織が必死に走っているのは、自分を追いかけるものから逃げるためだった。

「ひゅっ…ひゅぅっ…」

 静かな特別教室棟。差し込む夕日に照らされたにしては悪すぎる顔色と、細い喉を震わせる呼吸音が痛々しい。ふらつく足元はおぼつかず、壁によりかかる手もほとんど体を支えられてはいなかった。

「も、すこし…は、る…せんぱ…」

 ここを曲がったところにある階段。この階段を登ればそこには生徒会室があるはずだった。そこまで逃げ込んでしまえば自分を助けてくれる人がいる。そうせめてそこまで逃げてしまえば…。

「っあ…」

 膝が折れる。今日で何度目か分からない転倒だ。階段を上るために壁から離れた体はあまりにも無防備で、そこにはもう支えるものなどない。

「おっと、危ないなあ」

 ない。はずだった。

「…え?」
「どうしたの雨沢。ずいぶん苦しそうだね」

 伊織を受け止めたのは冷たく固い床ではなく、柔らかく温かい体。いつもは悪戯な笑顔が眩しい表情は、差し込むやたらと強い夕日が逆光になって見えない。しかしそれはまさに、伊織が逃げていた者そのもので。

「探してたんだよ。ねぇ、気になるんだ、雨沢の事。いい?」
「っぁ…や…」

 濃い青とオレンジのセーラーが眩しい、元気印の茶色の跳ね毛。草薙朝美は見た目とは裏腹に、ひょいと伊織を抱え上げてしまった。抱えられてしまった伊織には見えた。口元は確かに微笑んでいるのに、目元が笑っていない。対象を観察する学者の目だ。
 支えを見つけてしまった伊織の体は、疲労と酸素不足で動かない。指先だけがかろうじて拒否しているものの、その動きさえ弱弱しくまるで朝美の体に縋っているようにさえ見えた。

「解剖させて。ね?」

 冷たい生物室の扉が開く。

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