@sailorsousakuTL
「お昼休みは賑やかなものです」
女子高生のお昼休みは賑やかなものが大半で、紺加代はつはるの四人組も例に漏れず賑やかなお昼を満喫しているそうな……。以前紺堂さんが呟いていたお弁当ネタ(https://twitter.com/kondou0809/status/513317458225016834)(https://twitter.com/kondou0809/status/513339165111369728)を元にしてあります。


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 古木春奈は悩んでいた。

 昨晩の残りのおかず(ナスの甘辛炒め・ほうれん草の胡麻和え・豚肉とチンゲン菜の炒め物)を、そのまま今日の弁当に使おうと思っていた。しかし、昨日の夕方になって突然「部活仲間とご飯を食べてくるから、今日ご飯いらなくなった」と上の弟から電話がかかってきたのだ。それはそれでよかったのだが、如何せん一番よく食べる人物がいなくなったため、春奈の予定よりも多くの白米とおかずが残ってしまった。朝食で食べて弁当にも使って、それでもまだ残る量なのだ。いっそのこと、晩ごはんにも残そうかと思ったが、それは流石に自分も飽きてしまうし傷むかもしれないという不安があった。なにより、春奈の頭の中では、もうすでに本日の献立は決まっていた。最近和食が続いていたため、「たまにはハンバーグなんかいいかもれない」と、チラシにでかでかと書かれた「挽肉グラム売り特売!」の文字を見て思ったのだ。

「んー……どうしようかしら」

 顎に手を当てて、うんうん唸る。そしてしばらくすると、何やらいい考えが浮かんだのか、手早く食器棚の方へと向かった。春奈の手には、自分の弁当箱ともう一つ、大きめのタッパーがあった。


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 八尋加代は悩んでいた。

 昨晩、お風呂上りに何気なくつけたテレビで、加代の好きなお菓子の新商品が出るというCMが流れていた。取扱い店舗を見てみると、丁度学校の近くにあるコンビニでも取り扱っているということだった。「これは明日の朝、学校に行く途中で忘れずに買って行こう」と心の中で密かに思い、上機嫌のままベッドに横になった。そして普段よりも少し余裕を持って家を出ると、新商品のお菓子が置いてある学校近くのコンビニへと、真っ直ぐ向かって行った。店員の朝から元気のいい「いらっしゃいませー」という挨拶を受けながら、目当てのお菓子が置いてあるであろう商品棚へと向かった。新発売ということもあり、目立つようにして置かれていたお菓子(おじゃがチップス焼き鳥味ポン酢風味)を手に取るとカウンターへと並んだ。そしていざ会計となった時、雷のような衝撃が加代を襲った。手の中で口を開けた財布が、目を背けたくなるような現実を突きつけていたのだ。そして数秒程固まった加代は、直後、開き直ったような清々しい笑みで小銭を支払った。

「やばいな……今日の昼はこれで決まり、か」

 先程にも増して軽くなった財布の中身は、何度見ても百円と五円玉が一つずつ、十円と一円玉が二つずつ、計127円という現実を、加代に示していた。恐らくお昼休みの頃には鳴いているであろう腹の虫のことを思い、加代はコンビニの袋をガサガサと鳴らしながら学校へと向かった。


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 紺野多佳子は悩んでいた。

 昨晩、友だちとネット通話をしていたら予想以上に盛り上がり、普段の就寝時刻よりだいぶ遅れての就寝となった。通話が終わった後も、その話題を元に浮かんだネタがツボなものが多く、興奮冷めやらぬうちにスケッチブックに描き込んでいた。そのため、普段なら目覚ましが鳴るより前に起きていた多佳子だったが、今朝は目覚ましを止めたことにも気づかず、遅刻ぎりぎりの時間になって慌てて飛び起きたのだ。少し冷めたトーストにマーガリンを塗りたくり、野菜ジュースで流し込むようにして胃袋に収めた。セーラーのリボンを結ぶ間もなく、鞄をひったくるようにして掴むと大急ぎで家を後にした。全速力で自転車を漕いで、向かい風にも負けず進み続けた。そして、なんとか遅刻せずに教室に滑り込んだ多佳子は、自分の席について鞄を開き、思わず絶句した。

「……弁当忘れた」

 天を仰いだ後、崩れ落ちるようにして机に突っ伏した多佳子の頭上を、聞き慣れた教師の点呼をする声が通り過ぎて行った。普段なら早弁を隠すために立ててある教科書が、今日は力なく机の上で倒れていた。


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 如月初実はそれほど悩んでいなかった。

 昨晩は寝る前に読んでいた小説が中々に面白く、読んだ後の充実感と心地よい疲労感のおかげでぐっすりと眠ることができた。はっきりとは覚えていないが、寝ている間に見た夢もしあわせなものだったことだけは、何故か起きた後も分かっていた。普段からつけているニュース番組の星占いコーナーでは、初実の星座が一位になっており、そういったことを大して気にしない初実も少しだけ得をしたような気分になっていた。「もしかしたらいいことがあるかも」などと思いつつ、愛用している黒のストッキングに足を通して、玄関へと向かった。「いってきます」と居間の方へ一声かけて、軒下に止めてある原付にキーを差し込んだ。通い慣れた通学路を走っていると、見慣れた後ろ姿を見つけて思わず微笑みを浮かべた。名前を呼べば嬉しそうに振り返る好きな人の姿に、初実は慣れた動作で原付から降りてその人物の隣に並んだ。

「おはよう春ちゃん、今日もかわいいね」

 学校に着いても、それが当たり前であるかのように、その人の隣でにこにこと笑っていた。苦手な数学が午前の授業にあったことだけ、初実の頭を悩ませていた。その悩みも、授業の終わりを告げるチャイムと共にすぐに解決をした。お昼休み特有の賑やかな空気が、教室の中に広がる。初実もまた、その空気に馴染むように机を移動した。


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 がやがやと教室内がお昼休みにざわめく。何か声をかけたわけでもないのに、自然な流れで初実が春奈の隣の席へと腰かけた。手慣れた手つきで鞄から弁当を取り出す春奈の隣で、初実が惣菜パンを取り出した。そこで、初実が「あれ」と首を傾げた。何度か鞄の中を確かめるように手を伸ばす。そして「あちゃー」と苦笑いをすると、隣にいる春奈に声をかけた。

「あー……春ちゃん、飲み物買うの忘れてたから、ちょっと自販機行ってくるね」
「あらあら、わかったわ。いってらっしゃい」

 ひらひらと手を振りながら、鞄の中から財布だけ取り出した初実が、教室から出て行った。そして一人になった春奈の机に、見慣れた二人の少女、加代と多佳子がそろりと近づいた。二人は小さくなって、顔だけをちょこんと机の上に乗せた。春奈の弁当をじーっと見つめるその視線は、何も言わない二人の心を雄弁に語っていた。

「私、今の加代ちゃんと紺ちゃん限定なら心を読めそうだわ」
「ううぅ……春さーん」
「はるなー」

 泣きそうな顔で春奈を見上げる加代と多佳子が、狙ったかのような見事なハモりで春奈に一言、口を開いた。

「「おなかすいたー」」
「だと思ったわ」

 ぴよぴよと雛鳥が餌をねだるようなかわいらしいその姿に、春奈の顔がへにゃっと緩んだ。今までにも何度かあったやり取りだ。期待に満ちた目で見つめる二人の目の前で、春奈は見慣れぬ大きめのタッパーを取り出した。加代も多佳子も、「なんだろう」といった様子で首を傾げている。しかし、次の瞬間、二人の目が獲物を捉えた猛禽類のようにカッと見開いた。春奈の取り出したタッパーには、弁当に入っているものと同じおかずが、綺麗に詰められていたのだ。

 今までは弁当に入っているおかずをどれか一品貰う程度だったため、今日もそれでお昼をしのごうと考えていた二人には、予想外の展開だった。まさか、という思いで変わらず微笑む春奈を見上げる。もしも尻尾が生えていたら、勢いよくぶんぶんと振っていたことだろう。

「実はね、昨日のおかずが残ってて困ってたのよ。もしよかったら、食べるの手伝ってくれないかしら?」
「任せて!私は食べることに関しては達人だよ!」
「ありがとう!今度春奈好みのちょっぴり大人なイラスト献上するわ!」

 タッパーと共に差し出された割り箸が、二人の手の中でパキンと音を立てて別れた。

「「いただきます!!」」
「はい、召し上がれ」

 がつがつと勢いよくタッパーの中身を平らげていく姿は、女子高生にしては野性味が溢れる。しかし、美味しそうに食べ進める表情は満面の笑みを浮かべており、見ているだけでしあわせな気持ちになった。二人が急いで食べるあまり、喉に詰まらせてしまわぬよう春奈が水筒のお茶をコップに注いでいく。食べることに夢中になった二人は、一言も喋らずに次から次へとおかずを口の中へと入れていった。きっちりと収まっていたおかずたちが、あれよあれよという間に減っていき、あっという間に半分以上がなくなっていた。そしてしばらくすると、頬に胡麻をつけたままもぐもぐと咀嚼していた加代が、「あっ」という顔で廊下側の扉を見た。多佳子はまだ温かさの残る卵焼きを、美味しそうに頬張っている。加代の表情に「何かあったのか」と後ろを向こうとした春奈を、ふわっと嗅ぎ慣れた落ち着く匂いが包んだ。胸の前で繋がれた手には、ペットボトルのミルクティーが顔を覗かせている。

「……春ちゃん、僕、春ちゃんの手作り弁当が食べれるって聞いてなかったんだけど」
「あら初実ちゃん、おかえりなさい。珍しく積極的なのね?」
「うん、ただいま。だって僕も春ちゃんお手製のお弁当食べたいー!」

 目の前で広がる桃色な空気に、加代は気まずそうな表情のまま手元のタッパーへと目を落とした。そして心の中で、「手作り弁当が食べたい」と言っている友人へ「ごめん」と一言呟いて最後にナスを口に入れた。隣で食べ進めていた多佳子も、ようやく初実が戻ってきたことに気がついたらしく、タッパーの中身を見てギシッと身を固まらせた。二人そろって、油が切れた人形のようにぎこちなく顔を見合わせる。

「今日は沢山あるから、初実ちゃんも一緒に食べましょう?……って、あら」

 タッパーの方へと顔を向けた春奈の目に映ったのは、綺麗さっぱりに平らげられた、空のタッパーだった。加代と多佳子が、たはは、と、申し訳なさそうに苦笑いをこぼす。そして初実の方を向いて、手を合わせた。

「あーうん、ごめん、らぎちゃん。美味しかったよ」
「流石初実のお嫁さんだね!おいしゅうございました!」
「……加代ちゃん、ちょっとかこまるちゃん呼んでくるね。紺ちゃんは、そのスケッチブックの中身を文集に載せようね?」
「ちょっ、なんでそこで丸子が出てくるの!?」
「それだけはホント勘弁して!」

 にこにこと笑ったままの顔で近づく初実に、加代と多佳子は手に持った割り箸を固く握りしめていた。子犬のように震える二人が、春奈に助けを求めるように目をやったが、当の春奈は笑顔でひらひらと手を振るだけだった。

「春さーん!らぎちゃんの嫁なんでしょ!?なんとかしてよー!」
「ふふ、こんな初実ちゃんって珍しいから、もう少し見てたいわ」
「ひどい!」
「おにちく!でもご飯おいしかった!ごちそうさま!」
「そうだった!ごちそうさま!」
「あらあら、どういたしまして」
「あーあ、僕もごちそうさましたかったなぁ」

 そう言って拗ねたように頬を膨らませて自分の席に座る初実に、多佳子が「これは名案だ」と言わんばかりの顔で一言爆弾を投下した。

「じゃあ初実が春奈をいただきますして、ごちそうさますれば万事解決じゃない?」

 直後、なんとも言えぬ微妙な空気が場を包んだ。初実と春奈が顔を見合わせて、恥ずかしそうに目線を泳がせる。加代が胸焼けをしたような苦虫を噛み潰したような悟りを開こうとする修行僧のような、色々な感情を持て余した表情で多佳子を見つめる。「あれ」と三人を見渡す多佳子が、何気なく発した自分の言葉をもう一度繰り返そうとした。

「いや、だからさ、春奈のご飯が食べれなくてごちそうさまができないなら、春奈を食べ……」
「言い直さなくてもわかったから!って言うか紺さんそんなだからムッツリって言われるんだよ!?そしてそこ!顔を赤らめながら指先絡めない!ここ学校!公共の場!見てるこっちが恥ずかしくてむずがゆくなるでしょーが!こんのバカップル夫婦が!」

 教室の端で声を大にして吠えた加代の叫びが、お昼休みの喧騒に混ざり消えていった。

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