@sailorsousakuTL
「初春の候、なれど夜は衣更着なりと」

はつはるのいちゃらぶえっちです。がっつりえろです。苦手な方は回れ右をお願いします。
手練れなようで熟年夫婦のようで、その実お互い本命にはヘタレで初心な二人もかわいらしいんじゃないかなぁ、と思いましてカッとなって書きました。


  *  *  *  


 恋人というつながりについて、今まで深く考えたことがなかった。

 いろんな女の子たちを誘うこともあれば誘われることもあり、元々そういったことに関して寛容というべきか大雑把というべきか、そんな性格だった私は、何人もの女の子たちと一夜をともにすることも珍しくなかったからだ。女の子は好きだ。かわいいしやわらかいし、何より肌を重ね合わせるとひどく安心する。でも、言ってしまえばそれだけで、一夜をともにしたからといって特定の子と付き合ったりするというのは避けていた。そう、避けていた筈だったのだ。私は色んな女の子と楽しく遊ぶのが性に合っていると自分なりに自覚していたから、誰か特定の人と特別な関係になったら、きっとその人を悲しませてしまう。そう思って、誰と一夜をともにしても、キスは絶対にしないと決めていたのだ。子どもの頃からキスだけは、本当に好きな人とするものだと、大事なものなのだと思っていたから。だから私は誰ともキスをしない。私の愛は誰か一人に向けたものではなく、多くの人に向かう種類のものだから。

 それを、ねえ、まさかひっくり返されるとは思わなかったわ。

 その考えが単なる思い込みだったのだと気付かせてくれたのは、笑っているのにちっとも笑っていないへたくそな笑顔だった。どこか歪で、感情が置いていかれたちぐはぐな笑顔。ピエロの方がもっと上手に笑うだろうに。でも、そのへたくそな笑顔は、私の心を掴んで離さなかった。初めまして、と挨拶を交わした時、本当に初めてだと思った。そしてそれ以上に、この子が本当に心の底から笑ったら、どれだけかわいいのだろうと思った。この子の笑顔が見てみたい。ただその想いが、冬の枯れ葉を根こそぎ吹き飛ばす春風のように、私の中の思い込みを遠くの空へとさらっていった。彼女を前にすると、まるで生娘のような恥ずかしさが顔を見せて、つい行動に移す前に言葉で確認しようとすることが増えた。波のように近づいては遠ざかる彼女は、手を伸ばすとひらりとその手を躱すのに、時たま猫のように寄り添ってくる。

 私が蜜から蜜へと渡り歩いていても、いつもあのへたくそな笑顔を携えてにこにこと帰りを待っててくれていた。気がつけば、私の隣に彼女がいるのが当たり前で、彼女の隣に私がいるのが当たり前になっていた。それがとても心地よくて、はっきりと言葉にしたことはなかったけれど、私たちは互いの隣が居場所になっていた。ただ傍にいるだけで心が満たされるのに、ただ傍にいるだけじゃもどかしくて物足りない。彼女にもっと触れてみたいという気持ちもあったけれど、それ以上にもっと色んな表情の彼女を見てみたいという欲が大きくなっていた。

 笑顔も泣き顔も困った顔も呆れ顔も怒った顔も楽しそうな顔もはにかんだ顔も悔しがってる顔も快楽に溺れる顔も、全部、余すことなく見てみたいと。私だけに見せてほしいと。そう切に思うようになったのは、一体いつからだったのか。

――……愛して、ます、…春奈

――僕は、春奈を愛して、ます

――だから……僕の、恋人になって、ください

 耳の先まで真っ赤に染め上げた彼女が、初めて心を見せてくれた一世一代の告白は、思い出すだけで心臓が痛いくらいうるさく高鳴る。嬉しくて嬉しくて、初めて交わした口づけは触れ合うだけのかわいらしいものだったけれど、それで十分だった。唇だけでなく、心まで触れ合ったような気がして、思わず泣きそうになったことに彼女は気付いていたのだろうか。

 キスの後に浮かんだ微笑みは、今までに見たことのないほど美しく綺麗なもので、掴まれていた心をキュッと締めつけられたような感覚に息が詰まったのを覚えている。初めて見た彼女の心からの笑顔は、思っていた通り、いやそれ以上にかわいく魅力的なもので眩暈がするほどだった。今でも目を閉じれば鮮明に思い出すことができる。

 白い肌を朱色に染め上げて、愛おしげに細められた瞳には小さい私が移り込んでいた。ふるっと震えるまつ毛は濡れていて、優しく弧を描くように上がった唇は紅を引いたように真っ赤に燃えていた。頬に添えられた手は微かに震えていて、そのぬくもりが心地よかった。冷えていたはずの肌が、彼女が触れただけで火傷したかのように熱く火照っていった。外にまで聞こえてしまうのではないかと心配になるくらい、大きな音で全身を揺さぶる鼓動で胸が張り裂けそうだった。思い出すだけであの時の幸福感に包まれて、また心臓がどきどきと痛くなっていく。

 もうそれからは、他の女の子と遊ぼうと思っても彼女のことばかり思い出してしまうようになっていた。所謂そういう雰囲気になっても、もしも目の前の子が彼女だったら、という想像をしてしまうのだ。そう思ってしまったらもう駄目になってしまう。他の女の子たちと、そういった意味で遊ぶことができなくなった。でもその心を絡め取られているような感覚は決して嫌なものではなく、むしろ好ましいとも思えるもので。私は自分に、たった一人だけを恋しく想い愛したいと願う気持ちがあったことを思い知った。だがそのくせ、彼女とそういったことをしようとするのがとてつもなく恥ずかしく思えてしまう。キスをするだけで頭がくらくらして、指先から力が抜けて、やわらかくてあたたかい唇を感じるだけで余裕なんてものは無くなってしまうのだ。そしてまた、そんな初めての感覚に戸惑って結局肌を重ね合わせるまでは至ったことがない。好きな人と愛し合いたいと思うのに、もしもそう思っているのが自分だけだったら、なんて考えが浮かんでしまうほど参ってしまっていた。

「初実ちゃーん……寂しいわ……」

 抱きたい、と
 抱いてほしい、と
 抱き合いたい、と

 心だけでなく、身体もすべて触れて重ねて分かち合いたい。受け入れてほしい。受け入れさせてほしい。そんな想いが身を焦がしていく。こうして誰もいない部屋にいると、つい弱気な気持ちが言葉になって零れてしまう。各々の仕事を終わらせて次々に下校していった生徒会室には、私しかいない。今日は会議があるからと教室で別れた彼女は、もう帰ってしまっただろう。壁に掛けられた時計は、そろそろ下校を促す放送が流れることを教えてくれていた。すっかり日が落ちるのも早くなり、それに合わせて下校時刻も早くなっていた。窓の外に目をやれば、もう夕焼けが夜と混ざり合っていた。その景色ですら官能的なものに思えてしまうのは、欲求不満の証拠なのだろうか。

 今夜も、一人で慰めることになりそうねぇ。

 いつか、彼女が丁寧に施してくれたペディキュアを、そっと撫でる。そういえばあの時も、私が「遊びましょう?」と誘っても、のらりくらりと躱していたことを思いだす。恥ずかしいから、と、変に笑っていた彼女の顔が思い浮かぶ。同時に、ずくん、と胸が痛んだ。思わず溜息がこぼれる。

「……私、魅力がないのかしら」

 言葉にすると、増々自信がなくなっていく気がした。これ以上は、考えても溜息しか出そうにない。机の横に立てかけていた鞄を掴んで立ち上がる。ガタッとなった椅子の音が、静かな生徒会室に響いた。窓の施錠がしっかりできているか確認をして、忘れ物がないか室内をぐるっと見渡す。こんな時でも、身についた日々の動きはスムーズだ。一通りの確認を終えて「さあ帰ろう」と扉を開けたところで、私は思ってもみなかった光景に目を見開いた。

「初実ちゃん!?」

 今の今まで私の頭の中を占領していた彼女が、扉のすぐ隣の壁にもたれて体育座りをしていたのだ。眠っているのか、両目は閉じられて口元からは規則的な寝息が聞こえる。こんなところで眠るなんて、体調でも悪いのかと慌てて近寄ると、「んぅ」と彼女が微かに身じろいだ。近づけた頬にかかったその吐息に、落ち着いていた筈の心臓がまた大きく動き出した。やましい気持ちを頭の隅に追いやって、どうにかして呼吸などを確認することに集中する。

「寝てるだけ、ね……はあ……よかった」

 ただ単に寝てるだけだったことに、その場にへたり込んでしまった。何事もなかったことへの安堵と、未だ鳴り止まない心臓のどきどきで身体が上手く動かない。体育座りのまま器用に眠っている彼女と、向かい合うようにして膝をつく。どうしてこんなところで眠っているのか、という疑問は自惚れでなければ察しが付く。先に帰るのではなく、私が出てくるのを待っていてくれたのだと、そう思うと彼女への愛おしさがまた溢れ出てきた。周りを見渡してみても、人の気配はない。改めて目の前の彼女に視線をやれば、まだ夢の中にいるのかむにゃむにゃと幸せそうに口元を動かしていた。

 触れてみたい、と、思う前に、身体が勝手に動いていた。

 頬に手を伸ばせば、あっさりと届いてしまった。すべすべな肌は気持ちよくて、少し力を込めるとやわらかな弾力が感じられた。壊れ物を扱うように、優しくゆっくりと撫で上げる。目元を親指でなぞると、ぴくんっと震えるまつ毛がかわいらしい。どきどきは最高潮に高まって、私の身体を動かしていく。少しずつ、本当に少しずつ、顔を近づけていく。眠っている彼女を起こさないように、静かにゆっくりと唇を寄せる。

 ちゅっ

 なんて音が鳴らないように、優しく唇を重ねた。

 緊張で震えてしまうのは、もはや自分ではどうしようもない。軽く押し付けるだけの挨拶みたいなキスでさえ、彼女としているのだと思うと、胸がきゅんと締めつけられる。目を閉じて、触れ合った唇から彼女を感じようと神経を研ぎ澄ます。本当は、このまま深く口づけを交わして、愛し合いたいのだけれど。そんな気持ちをグッと堪えて、一秒にも満たないキスを終えて唇を離す。

「……え」

 いや、離そうとした。

「やあ、おはよう春ちゃん」

 頬に添えた手を、彼女の手がしっかりとした力で包み込んでいる。腰をぐいっと引き寄せられて、鼻先がちょんとかわいらしいキスをした。くすくすと笑う彼女の笑みは、へたくそだった頃の面影が見えない程自然で綺麗なものだ。けれど、ここまでして彼女からキスをしないのは、やはりというべきか何というべきか。恥ずかしがり屋なことは知っているし、そんなところもかわいくて好きだけれど、ここまでしたならキスをしてほしい、と思ってしまうのは欲張りすぎだろうか。さっきから薄い皮膚を突き破って出てきそうになる程、激しく打ち付ける心臓を知らん振りして口を開いた。

「おはよう初実ちゃん。こんなところで寝てると風邪引いちゃうわよ」
「寝るつもりはなかったんだけどねえ。春ちゃんがまだ残って仕事してるって聞いたからさ、じゃあ外で待ってようって思ってたら寝ちゃった」
「もう、体調が悪いのかって心配したのよ?」
「えへへ、ごめんなさい。でも、春ちゃんからおはようのキスをしてもらえたから、僕としてはラッキーだったかな」
「……ほんとに、もう」

 嬉しかった、と笑う彼女の言葉と表情は、本当に嬉しそうなもので。私は泣きたくなる程の愛しさを込めて、もう一度キスをした。さっきのよりも強く、長く、唇を押し付ける。恥ずかしがり屋な彼女が逃げてしまわないように、伸ばした足の上に跨って身体ごと彼女に委ねる。わざと胸を押し付けて、このどきどきが少しでも彼女に伝わればいいと思った。唇を離す瞬間、ぺろっと舌先で彼女の唇を舐めると、わかりやすく彼女の肩が跳ねた。うっすらと目を開くと、ぎゅっと力を込めて目を閉じている彼女が見えて、恐らく理性といわれているであろうものが、パチンと音を立てて弾けた。

 うん、やっぱり、うじうじ悩むのもらしくもなく我慢するのも、私の性に合わないわね。

 先程までの悩みが嘘のように、身体中に活力が漲る。まだ不安も恐怖も残っているけれど、それでも臆病なままの自分でいるよりも、少しでも頑張って彼女に触れる方が心地いい。私も彼女も、自然な顔でいられる。覚悟を決めて、心のままに彼女を誘惑する。乗ってくれるかどうかは、彼女次第だけれど。また躱されたのなら、その次を頑張ればいい。少なくともこうして触れ合ってみて、私に負けず劣らず顔を真っ赤にする程度には、彼女に愛されているのだから。

 顔を寄せたまま、こめかみにキスをする。今度は「ちゅっ」とわざと音が鳴るように。彼女をその気にさせるための、啄むようなキスだ。身体の中にこもった熱を吐息に乗せて、彼女の耳元でいやらしく溜息をつく。耳朶を唇でやわやわと食むと、腰に添えられた手に力が込もった。跨いでいた太ももに、大事なところを擦り付けるように軽く腰を揺すれば、彼女が目に見えて狼狽えた。

「ちょ、ちょっと春ちゃん!その、あ、当たってるん、だけ、ど」
「当ててるのよ、って言ったら、初実ちゃん、どうする?」
「どうするって……」

 あわあわと狼狽える彼女の鼻息は、言葉と態度とは裏腹に、荒く興奮したものへと変わっていた。私の耳のすぐ後ろを、興奮した熱い吐息がくすぐる。ぎゅっとお互いの制服に皺ができる程、身体を密着させる。目を見つめながら言う勇気は、恥ずかしながら足りなかったため、私は耳に唇を寄せたままずっと心のうちに留めていた劣情を吐き出した。

「ねぇ、初実ちゃん」
「っ、な、に?はるちゃん」
「私、したいな」
「うぇえ!?えと、その……な、なにを?」

 ここまでやって、まだそんなこと言うのね。私のかわいいお嫁さんは。

 私の手を包んでいた彼女の手をとって、自慢ではないけれど他の子たちと比べても豊満な胸へと押し付けた。反射的に手を閉じて揉もうとするのは、流石というべきなのだろうか。思わずくすりと笑ってしまいそうになる彼女らしさに、ほんの少しだけ余裕が生まれた。それでも、声が震えてしまわないように、ひゅっと一息。

「……今夜、うちに泊まっていかない?って言っても、伝わらないかしら」

 わざと「今夜」というところを強調して誘うと、彼女が息を飲む気配を感じた。らしくもなく、緊張で身体が細かく震えてしまう。覚悟はしていても、やはり不安で身体が強張ってしまう。たった数秒の沈黙が、とてつもなく永いものに感じる。そして、永く、短い沈黙を破って彼女が動いた。

「あっ……」

 触れ合っていた制服の間を、冷たい廊下の空気が通り過ぎた。それが彼女の答えだと思った瞬間、涙が溢れそうになった。実際、目じりから生温かい雫が一粒、頬へと伝い落ちた。そして次の瞬間、ぎゅっと痛い程の力で彼女に抱き締められていた。隙間なんて少しもない程、ぴったりと、全身が彼女と触れ合っていた。彼女の顔が、うなじにぎゅぅっと押し付けられた。そのまま猫が匂いを擦り付けるように、ぐりぐりと顔を埋めていた。驚きで固まる私を置いて、今度は彼女が「はあ」と熱のこもった吐息を零した。

「春ちゃん、あんまり煽ると、僕、とまらなくなっちゃうよ?」

 少しだけ身体を離して、改めて見た彼女の顔は、これ以上赤くなることはないと断言できる程真っ赤になっていて。濡れた瞳は、隠し切れない情欲で揺らめいていた。

「私は、そんな初実が欲しいわ」

 その瞳に灯された情欲の炎が消えてしまわぬよう、ありったけの油を注ぐ。ここが学校だということも忘れて、今の私が持てるありったけの色気をもって、全身全霊で彼女を誘った。

「……早く、帰ろっか。僕の服とか、前に泊まった時のがまだあるよね?」

 矢継ぎ早にそう口にする彼女に、「ええ」と答えると、頬をぺろっと舐められた。いつの間にか冷えていた雫の跡が、かあっと熱を帯びる。埃を軽く払って、鞄を手に取る。もちろん、隣り合った手のひらは、離れないようにきゅっと重ねられていた。


  *  *  *  


「ただいま」
「お邪魔しまーす」

 今までも彼女を家に泊めたことはあったけれど、こんなにも緊張するのは初めてだ。変に声が裏返ったりしないかと心配になる。毎日通っている筈の家の扉でさえ、開けるのに緊張してしまった。隣を見れば、彼女の表情もどこか固く緊張しているのが見てとれた。そんな姿に、「ああ、彼女も一緒なんだ」と安堵する。二人そろって玄関に上がれば、居間の方から元気な足音と「おかえり」の声がいくつか聞こえてきた。

「春姉おかえりなさーい」
「あ、今日は初っちゃんも一緒なんだ!」
「らぎ姉ちゃんご飯食べてくの?」
「ねえーお腹空いたー」

 何度もうちに泊まったこともあり、彼女が一緒にいることに何の疑問も持たない妹弟たちが、わいわいと賑やかに盛り上がっていた。いつも遊び相手になってくれる彼女が来て、みんな喜んでいるようだった。そんな妹弟たちには申し訳ないが、今日の彼女は私専用だ。嬉しそうに目を輝かせる妹弟たちの頭をぽんぽんと撫でながら、優しく声をかける。

「残念だけど初実ちゃんは、今からお姉ちゃんの部屋で一緒に勉強するの。ご飯はお鍋に煮物があるから、それを温めて食べてね」
「はーい。春姉と初っちゃんは食べないの?」

 もう中学生になる妹のその言葉に、横目で彼女の様子を伺った。すると彼女も同じことを思っていたのか、同じように横目でこちらを伺う彼女の視線とかち合った。たったそれだけのことに、とくん、と心臓が高鳴る。何か言おうと私が口を開きかけた時、それを遮るように凛とした彼女の声が聞こえた。

「折角だけど、僕と春ちゃんは勉強しながらお部屋で食べるから、気にしなくていいよー」
「えーなになに?コンビニでも寄ってきたのー?姉ちゃんたちだけズールーイー!」
「あはは、ごめんね?今度何かお土産持ってくるからさ」
「ちぇー、約束だからね!」
「うん、じゃあ今から春ちゃん借りるね?」

 はーい、と声をそろえて返事をする妹弟たちの頭を撫でる彼女の顔が、まともに見れない。言外に、ご飯よりも何よりも私としたい、と言われているような気がしてどうにかなってしまいそうだった。赤くなってしまう頬を何とかしようと、一人視線を違う場所に泳がせている私にとどめを刺すように、彼女が私の腕を引っ張った。急に引っ張られた身体が、彼女の肩に寄りかかるような形で落ち着く。互いの身体で隠れた指先を、彼女の指先が素早く絡め取る。その手が少し震えてることに気がつく前に、彼女が妹弟たちに声をかけた。大切なことを言い聞かせるように、目をしっかりと合わせて、人差し指を立てる。

「たぶん遅くまで勉強してると思うけど、みんなはちゃんと早く寝るんだよ?じゃないと春ちゃんみたいに大きくなれないからね」

 彼女のその言葉に素直に頷く妹弟たちを見て、本当に素直な子たちに育ってくれたと少し感慨深いものがあった。そう思って居間に戻っていく妹弟たちを見送っていると、ぎゅっと絡めた手に力が込められた。つながった手のひらはしっとりと汗ばんでいて、ひんやりとした夜の空気が心地よく感じられる。何も言わない彼女が、ぐいっと手を引っ張って一直線に私の部屋へと進んでいく。大して長くもない廊下を歩くと、すぐに目的地にたどり着いた。何の変哲もないただの扉を前に、彼女がごくんと唾を飲んだのが分かった。その様子が何故だかとてもかわいらしいものに思えて、私は固まったままの彼女を誘うように、ドアノブへと手を伸ばした。ガチャリ、と音を立ててドアノブが回る。扉を開けると同時に先に部屋へと入って、彼女の手を引く。こんなにも緊張していても、やはり身についた日々の動きはスムーズだった。

「っ、ん、……ふっ…、はぁ……」

 彼女が部屋に入って扉の鍵を閉めると同時に、思いっきり抱きすくめられた。もう我慢できないと言わんばかりに、唇を重ねられる。と、暗かった部屋が急に明るくなった。驚いて目を開けると、興奮しきった彼女の目と合った。重ねていた唇を離すと、互いの吐息が頬にかかる程の距離で、彼女が色っぽく笑った。

「だって今から僕たち、”ベンキョウ”するんでしょ?なら、電気が点いてないと不自然だよ?」
「……それも、そうね。ねぇ、初実ちゃん」
「ん?なあに、春ちゃん」

 スルッと腕を彼女の首に回して、後ろにあるベッドの上へと倒れ込む。ギシッとスプリングが二人分の重さに軋む音を立てた。天井を背にした彼女が、真っ直ぐに私を見下ろしている。今すぐにでも深くキスをしたいのを堪えて、彼女の顔をそっと引き寄せる。やっと肌を重ね合わせられるという事実に、心と身体が歓喜に震える。愛撫をされた訳でもないのに、お腹の奥がきゅぅっと疼くのを感じる。我ながら、なんていやらしい。それでも、そんな私を丸ごと愛してくれるのだろう。彼女は、そういう人だ。そう、信じられる人だ。息も詰まるようなどきどきと、身体中に染みわたるような安心感が、私の中を好き勝手に行き来する。

 言葉にならない恋しさと、愛おしさを、どうやって伝えようか。なんて。もう分かりきっている。心の思うままに、ずっとずっと深くにある欲に素直になって、心も身体も触れ合わせて、重ね合わせて、分かち合って。理性と本能に揺さぶられて、それでもなお求めるのは、目の前にいる愛しい人だけ。ああ、なんて、しあわせなことだろう。

「優しくしよう、なんて、思わなくていいから……私を、思いっきり、めちゃくちゃにして……初実ちゃんのことしか、考えられないようにして……ね?」

 ほんとはもう、あなたのことしか考えられないのだけれど。

 そのことは、私だけの秘密。

「……春ちゃん、その言葉、僕で何人目?」
「あら、嫉妬してくれてるの?」
「僕だって、嫉妬はするよ?」

 ゆっくりと体重をかけてくる彼女の足に、猫の尻尾のように自身の足を絡めた。唇が触れ合うぎりぎりのところで、吐息のかかるくすぐったいような感覚に、くすくすと笑いあう。交じり合う視線は、蛇のようにねっとりと絡み合う。そっと唇を動かして言葉を紡ぐたびに、触れてしまいそうになる距離感が堪らない。

「折角の嫉妬に申し訳ないのだけれど――」

 ほんの少しだけ唇を尖らせれば、やわらかな感触が伝わった。


「――こんなことを言ったのは、初実ちゃんが初めてよ」


 同じように唇を少し突き出した彼女が、そのまま軽く啄んだ。


「知ってる」


 そう言って微笑む彼女と、ちゅっ、と音を立ててキスをした。

 あとはもう、本能のままに深く口づけた。上唇を挟むようにして食むと、応えるようにして彼女の舌が下唇を舐める。誘うようにして少しだけ隙間を空けると、その隙間を広げて彼女の舌が口内に入り込んだ。火傷しそうな程に熱を帯びた舌先が、ちろちろと私の舌の腹を愛撫する。ぬめりをもった舌が、唾液を含んで一匹の生物のように絡み合う。舌裏の筋をなぞるように舐め上げれば、天井部分の凹凸を優しくつつかれた。どちらのものかわからない混ざり合った唾液が、飲みこみきれずに口の端から流れ出る。彼女の舌と唾液でいっぱいになった口内が、息苦しさだけでなく、何とも言えない幸福感を感じさせていた。酸素を求めて口を離しても、次の瞬間にはまた角度を変えて深く口づけた。何度も何度も、今まで我慢していた分を埋めるかのように、激しいキスを繰り返す。

 頭がくらくらして、靄がかかったように意識がふわふわと浮かぶ。けれど、絶え間なく身体を駆け巡る快感の刺激に、連れ戻される。気がつけば、彼女の首の後ろで組んでいた腕はベッドの方へと下がり、彼女の制服の裾をぎゅっと握りしめていた。慣れないキスに溺れている私を、容赦なく快感の海へとさらに惹きこんでいく。どうしよう、これは、私の方が嫉妬してしまいそうだ。

 ぷあ、と肩を上下させて唇を離すと、明かりを反射していやらしく光る唾液が、私と彼女をつないでいた。ぼうっとした頭で彼女を見つめていると、何かを堪えたような表情で見つめ返された。

「はるちゃん……その顔、えろすぎ」
「はっ……はぁ……、初実ちゃん、だけよ?」
「――っ」
「ぁん、あっ……ぁ!」

 首筋に思いっきり吸いつかれて、胸を揉みしだかれる。ちりっとした痛みが、首筋から脳へと伝わる。けれど痛み以上に、痕をつけられたことへの喜びで喉が震える。優しく、しかししっかりと掴まれた胸からは、直接的な快感が広がった。制服の上から形を確かめるように、じっくりと揉みしだかれる。頂点の近くを揉まれると、悩ましい吐息が漏れて仕方がない。制服と下着が、快感をもどかしいものへと軽減していて、身をよじってしまう。触ってほしい。もっと、ちゃんと肌で触れ合いたい。その一心で、自ら制服のリボンを解いた。緩んだ制服の胸元に手をかけて、汗ばんだ谷間を寄せ上げる。すると、彼女の唇が首筋から鎖骨を辿って、胸元にキスをした。ちゅっ、と胸元にも紅い痕を付けると、満足気な表情で谷間に顔を埋めた。そのまま汗をぺろっと舐めとられると、じんわりとした快感がお腹の奥へと染み込んでいった。けれど、全身に広がる快感はやはりもどかしいままで、我慢なんてできる筈もなかった。

「ん、…ぁ、はぁ……はつみ、ちゃん…っ」
「んー?」
「ね、もっと、ぉ……んぅ、ちゃん、と…さわっ、て……」
「、ほんっと、春ちゃんは、僕を煽るのが上手だね」
「だって、初実ちゃんが、欲しくて、たまら、な…っ、ぁあんっ…!」
「ふっ…!はぁ……ね、服、邪魔だから…さ、脱いじゃおう……?」

 制服の上からでも、固くしこり立っているのが分かる頂点を、きゅっと抓まれて甘い声が漏れ出した。返事をしようにも、口を開けば喘ぎ声しか出そうにもない。それでも何とか彼女に答えようと、私は必死で頷いた。

 一度身体が離れると、今まで触れ合っていた部分が、とてつもなく寒く冷えていくような気がしてぶるりと震えてしまった。早くもう一度身体を触れ合わせたくて、焦って滑りそうになる指を動かして、制服を脱いでいく。目の前では、彼女もいそいそと制服を脱いでいる。火照った身体には夜の空気は冷たすぎて、凍えてしまう。手早く脱いだワンピースの制服を、ベッドの下へと投げ捨てる。同じようにして投げられた彼女の制服が、私の制服と混じってベッドの下に散らばった。黒のストッキングが、白いセーラー服の間から顔を覗かせていた。下着姿になったまま、もう一度正面から抱き合うと、肌と肌が触れ合うぬくもりに安堵の息を吐いた。

 冷たく凍えていた身体が、再び熱く燃え上がる。肌が触れ合ったところから、彼女のぬくもりがじんわりと全身に広がる。絡み合った足先に視線をやれば、対の色に染められた鮮やかなペディキュアが目に入った。普段なら見ることができない、深いその青色に、もうあるかどうかも分からない理性をぐらりと揺さぶられる。と、再び胸に鋭い刺激が走った。片手で器用にブラジャーのホックを外しながら、彼女がやわやわと円を描くように胸を揉んでいた。ホックが外れて緩んだブラジャーを、肩口からスルッと外していく。覆う物が完全になくなった上半身を、彼女の舌と指で丹念に愛撫される。

 胸を下から押し上げるように揉まれたかと思うと、触れるか触れないかの微妙な距離を保って乳輪をなぞられる。固くしこり立った乳首が、早く弄ってほしいと存在を主張していた。おねだりをするように、彼女の身体に胸を押し付けようとすると、にやっとした笑みで躱される。もどかしさに身悶えて、無意識のうちに太ももを擦り合わせる。腰が浮き上がって、少しでも快感を感じようと彼女に身を寄せる。けれど、身を寄せても彼女はその様子を楽しむようにのらりくらりと躱していった。まるで、いつかのやり取りのようだ。

 敏感な部分には触れず、けれどその周りを執拗に攻めたてる。脇腹を撫でて、腰にゆっくりと指を這わせる。ぞくぞくとした快感が、腰から背筋を伝って脳へと駆け上がる。子宮が、きゅん、と疼く。どろりとした粘液が、閉じた部分から流れ出そうになる。くすぐったさにも似た、むずむずとした快感は、確実に私を追い込んでいた。楕円を描きながら腰を撫でていた手が、その下にある臀部へと伸ばされた。むにっと鷲掴みにされると、先ほどよりも鋭く確かな快感がびりっと全身に走った。

「あっ…!…ふぅ、…ぅん、ん……ぁ…っ!」
「はるちゃん、って、どこ触っても、気持ちいいんだね」

 意地悪くそう囁く彼女に、いやいやと首を振る。けれど、彼女のその言葉にさえも、身体がぴくんと反応してしまう。腰が跳ねて、太ももをもじもじと擦り合わせる。潤んだ目じりからは、いつの間にか涙が溢れて流れていた。火照った頬を、生温かい雫が伝っていく。確かに気持ちいい。けれど、もっとちゃんとした刺激が欲しい。そう目と身体で訴えても、彼女は意地悪く微笑むばかりだ。ぽろぽろと、涙が溢れて視界が滲んでいく。もどかしくも絶え間なく与えられる快感に、ふるふると身体が震える。

 もう、我慢の限界だった。大事な部分を守っていた最後の布を、自分で脱ぎ捨てる。足首に引っかかって少し手間取ったが、ふぁさっとベッドの外へと落ちていった。もう身体を隠すものが何一つなくなった状態で、臀部を揉んでいた彼女の手を掴んだ。そのまま太ももの付け根に、彼女の手を導く。いやらしく腰をくねらせて、最後のおねだりをする。

「っ…は、つみ…ぃ……はやく、さわ、って……も、がまん、できな、い…っ」

 私のその言葉に、待ってましたと言わんばかりに、彼女の指が敏感な部分へと触れた。思わず家族がいることも忘れて嬌声を上げそうになる私の口を、彼女の口が息ごと飲みこむようなキスで塞いだ。くちゅくちゅといやらしい音が、頭の中で響く。息もできないような深く激しいキスだけでも感じてしまうのに、片手で散々存在を主張していた乳首を、抓まれ弾かれ押しつぶされ、いいように捏ねくり回される。乱暴にも思えるその刺激も、決して彼女本位のものではなく、私を労わる優しが感じられた。太ももに付け根に押し付けられた手は、ようやく待ちに待ったその部分へと伸ばされた。

 ぴったりと閉じられていた秘裂を、人差し指と薬指で押し広げられると、にちゃぁっと音を立てて愛液が溢れ出てくるのを感じた。今までにないくらい濡れていることをありありと実感させられて、羞恥で顔から火が出そうになる。こんなにも感じてしまったのは初めてで、どれだけ自分が彼女のことを好きなのかということを、身体を通して思い知らされた。中指で軽くなぞられただけで、腰が引けてしまう程の快感を感じてしまう。一番敏感な秘芯の傍を指が触れるたびに、びくびくと身体が震えて秘部からは愛液がだらだらと溢れ出る。もうその刺激だけで、何度も軽い絶頂へと達していた。次々に漏れそうになる嬌声は、ひとつ残らず彼女に飲み込まれた。

 つぷっ、と、彼女の中指が、溢れ出る愛液を掻き分けて秘部の中へと押し込まれた。中を傷つけないように、ゆっくりと優しく進む指の動きに、もうどれだけになるか分からない程の愛おしさがこみ上げる。きゅぅっと膣内が収縮して、愛しい彼女の指が離れてしまわないように締めつける。挿入された指の異物感よりも、よろこびの方が何倍も勝っていた。ぐちゅぐちゅと粘り気のある水音を響かせて、少しずつ指の動きが大胆なものへと変化していく。手のひら全体で秘部を覆うようにして、秘芯を優しく撫でる。いつの間にか人差し指も中へと挿入されていて、異なる二本の指の動きに腰がびくびくと跳ね回る。

 隙間がない程、ぴったりと身体が重なる。肌が触れ合って、ぬくもりを分かち合う。唇も離れることなく、荒々しい鼻息とくぐもった嬌声が混ざり合う。いやらしくも果てしなく官能的で、愛に溢れた音を響かせて、大きな快感の波へと心も身体も委ねた。

「――っ!!」

 びくん、と、身体が弓なりにしなる。指先までぴんと伸ばして、身体が硬直する。そしてぐったりと弛緩すると、てらてらと光る唾液を口から滴らせた彼女が、ゆっくりと私を抱きしめた。優しく、本当に優しく、頭を撫でられる。たったそれだけで、また涙が流れ出た。お互いに口を開くことなく、静寂が私たちを包み込む。決して居心地の悪いものではなく、むしろ心地良い静寂だ。しばらくそのまま無言で抱き合っていたが、ふつふつと私の奥から、また欲が溢れだしてきた。一度火がついた情欲の炎は、まだ消えることはなく、まだまだ激しく燃えたぎっていた。

 すっかり力を抜いてリラックスしていた彼女の身体を、ぐるんと回転させて押し倒す。今度は、私の番だ。驚いた表情で私を見つめる彼女に、舌なめずりをして見せる。ベッドに投げ出された手をとって、その指先にキスを落とした。私の意図を汲み取った彼女が、嬉しそうな顔で笑う。ああ、やっぱり、彼女は心からの笑顔が似合う。他には、どんな顔があるのだろうか。相変わらず、どきどきと激しく打ち付ける心臓に揺さぶられて、私は彼女の指を口に含んだ。爪先から頭のてっぺんまで、余すことなくじっくりと、彼女と愛し合おう。

「ねえ、初実ちゃん」
「なあに、春ちゃん」

 夜はまだ、始まったばかりだ。

「愛してるわ」
「僕も、愛してるよ」

 冷たい夜の空気に重ねるのは、衣よりも肌の方が、私たちらしいでしょう?

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