@sailorsousakuTL 色々あってこっちに流すことにしたぽん軒の掌編です。

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「こんにちはー、って、あれ、美馬さんだけですか？」
「ぽんなら、ついさっき野菜が足りない！　って言って飛び出して行っちゃった。あたしは留守番中ー」
　暖簾をくぐると、いつも厨房に立っているポンちゃんの姿はなくて、奥のテーブルで足をぶらぶらさせている不良店員さんしかいなかった。
　とりあえずそのまま美馬さんの向かいに座って、暇そうに爪楊枝を咥えてゆらゆらさせている様子を観察してみる。
「涼海ちゃんはいないんですか？」
「放課後の放送が終わったらすぐどっか行っちゃったの！　ちゅんちゅんは帰ってきたら焼く」
　空恐ろしいことを言っているけど、もちろん本当に涼海ちゃんを焼くわけではない。たぶん。
　以前、焼いてやると言った直後、背が高い美馬さんが私くらい小さい涼海ちゃんにぽかぽか、と形容するのが相応しい可愛らしさで叩いていたのを思い出して、笑みが零れた。
　目の回るような忙しさだった文化祭。その残務もようやく片付いて、しばらく。久々に甜豌房へ顔を出して、寄り道しようと決めた。
　母さんには朝、ポンちゃんのとこで夕飯済ませてくるからと伝えてある。つぐみはズルいズルいと喚いていた。
「で、なに食べるの」
「ポンちゃんが帰ってきてから決めます」
　本当はもう決めてあるんだけど、それはまあポンちゃんが帰ってきてから言えば良い。二度手間になってしまう。だっていうのに、爪楊枝をテーブルに置いて、胸を張った美馬さんがメニューを私に押し付けてくる。
「は？　私がいるでしょー」
「え？」
　言うが早いか、止める間もなく素早く厨房に移動して袖を捲る美馬さん――直後、その姿が、火に隠れた。
「は！？」
「わあびっくりした！」
　美馬さんにとっては慣れたことなのか、立ち上った火は一瞬で消えたけど、私の心臓はばくばくと鳴っている。今ついたものかはわからないけど、天井がほんの少し焦げているのに気が付いた。
　い、一歩間違えるとこれ、火事だったよね……？
　いわゆる中華料理屋のコンロは火力が強いって聞いていたけど、こんなにすごいものなんだろうか。それに、中華鍋もなにも置いていないのに全開にする美馬さんの勢いの良さも、やっぱりわけがわからなかった。
　なんて、腰が抜けそうになっていたら、厨房側の勝手口からポンちゃんが帰ってきた。入ってくるなりコンロの前に立っている美馬さんを見つけて、眉が吊り上った。
「あー、厨房に一人で立っちゃダメっていったでしょ！　なにもしてないよね？」
「あ、ポンちゃん、あのね……」
「はいこんにちはみなちゃんお久しぶり。タンメンならすぐにできるから待っててね」
　ポンちゃんはこっちを見もしない。いやタンメン食べに来たんだし、合ってるんだけどね。そのまま美馬さんを厨房から締め出してすぐ、厨房内を縦横無尽に動き回る。トントントンとリズミカルな包丁音。ほどなくいい匂いが漂ってくる。私が子どもの頃から慣れ親しんでいる匂いだ。おじさんの腕はきちんとポンちゃんにも受け継がれているみたいで、私はそれが無性に嬉しくなる。
「いい匂いだよね」
「そうですね。私もこの匂い、好きです」
　悪びれもせず定位置に戻ってきた美馬さんを見ていると、毒気を抜かれてしまって告げ口をする気力も失せた。
　ぼんやりと厨房と美馬さんの様子を交互に見ていると、がらがらと引き戸が開けらる。
　振り返ると、あれ、会長？と、お昼休みに聞き慣れている可愛らしい声。勢い良くお店に飛び込んできた涼海ちゃんだった。
「最近ご無沙汰だったんだけど、昔からよく食べにくるんだ」
「へーえ初耳。今度近所の名店紹介って体でここ、紹介しようかなあ。あの生徒会長が足繁くかよ――」
「ちゅんちゅん焼くよ～」
「は？　でっきるだけ急いで用事済ませてきたのにそれ？　ボク頑張ったんだけどなあこれでも」
「はいはいはい、夕飯できたから。美南ちゃんタンメンおまたせ」
「ありがと」
「あーいいなあ会長の美味しそう。メニューに無いよねこれ？」
「ふっふっふっ、甲埜家のみが注文できる、裏メニューなんです」
「残念みなちゃん。今日は全員これなのです。ついでだし」
「エビチリが良かったのに！　けど、これでもいいかな美味しそうだし」

　なんでもない会話なのに、笑いが零れてしまう。
　私がいてもいなくても、きっと最近このお店で繰り広げられているだろう、賑やかな日常風景を思って。

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