aomidoro3

赤かっぱ · @aomidoro3

13th Sep 2014 from TwitLonger

@sailorsousakuTL 夏に芽吹く 伊織とるりの出会いの話



 多くは望まない。
 無理なことは望まない。
 たとえば毎食後に飲むお薬が半分になってほしいとか、後先考えずに走り回ってもめまいを起こさないようになりたいとか。お昼寝をしても風邪をひかないようになりたいとか、毎月の血液検査の間隔がもう少し開くようになってほしいとか。
 そんなことは望まない。そうじゃなくて、たったひとつ。小さなことでいいから。

 執着。
 そう、失いたくない何かがほしい。





 

「あ、こんにちは!隣いい?」

 中庭の木陰。検査と治療の隙間。久しぶりに自由な時間を使って久しぶりに読書を、なんて思っていたら。

「ええけど…」

 知らない女の子に声をかけられた。

「よかったー。病院てさ、同い年くらいの子って結構いないんだよね。暇で暇でどうしようって思ってたところだったんだ」

 短くて赤茶けた、少し暗い髪が元気な印象を与える女の子。そんな彼女に似合わない、いやある意味似合っている右足のギプス。かこかこと音を立てながら松葉杖を操る女の子はにかっと明るく笑って、ぼくの隣に座った。中庭のベンチは、ぼく一人では占領しきれない。

「最近は結構お年寄りばっかやな。話してみると楽しいけど」
「そうなの?私いま一人部屋だから分からないんだよね。今度お話してみようかなぁ」

 薄灰色のポロシャツがそよそよと風に揺れる。木々の隙間を通る風は、やっぱり涼しい。

「ここって涼しいんだね。病室はクーラーでちょっと寒いし、外は外で暑いしどうしようかと思ってたからいいとこ見つけてラッキーだよ」
「リハビリ室は?あそこは割と快適って隣のばあちゃんが言っとったけど」
「もうリハビリの時間終わっちゃったから暇だし困ってたの!」

 ゆらゆらと重そうな右足を揺らす。7月の気温は、いくらこの中庭が涼しいとはいえきついものがあるだろう。少しかゆいのか、こんこんと踵で地面を蹴っていた。

「ところで自分、高校生?授業大丈夫なん?」
「うん高校生!一年だよ。ここから割と近所のとこに通っててさ、来週には復帰できる予定!君は…。っていうか、名前教えてよ。私は西城るりって言うんだ」

 よく見れば少し垂れ気味の瞳。くりっと小さなそれは、なんだかキラキラと輝いていた。きっとこの子は友達を作るのが上手なんだろうな。なんて、他人事のように頭の片隅が呟いて。
 そして同時に、本当に綺麗だな。なんて思った。

「…雨沢伊織。ぼくも高校生やねん。あと半月くらいで退院して、自分と同じ高校に転入予定や」
「ほんと?同じ学校!?やったぁ!友達一号になれるね!伊織…ちゃんでいいかな?」

 ぶわっと。という表現をしたくなるほど、一気に表情を、元よりもさらに明るくさせて、彼女…西城るりは喜んでくれた。急にぎゅっと握ってきた手は見た目よりも少し大きくて、とても暖かい。

「でも伊織ちゃん、半月ってもう七月の真ん中だよ。すぐに夏休みだよ」
「ちょっと体調崩して、退院が伸びてしまったんよ」
「あーなるほどなー。テストどうするの?」
「入学手続きと転入試験は先月に終わっとるから。もうそれでええらしいわ」
「いいなー。テスト一個すくないんだ。私なんか退院したらすぐに期末だよやだなぁ」

 退院が伸びて、いいなぁ、なんて。
 そんな高校生らしい無神経さが、ぼくの心の棘を一つ削り落としていったような気がした。

『かわいそう』『大変だね』『しんどい?休もうか』『大丈夫?なんでも言ってね』『助けてあげるからね』

 きっと心から同情してくれているであろう、いままでかけられた言葉。
 自分とは違う、弱者のぼくへ向けていたそんな言葉には慣れっこだった。誰かの承認欲求を満たすためのものになりきるのにも慣れていた。
 そして、そんなのもううんざりだった。

 そう、思っていたんだよ。



「…転入したら、真っ先に会いに行くわ。るり」
「ほんと!?じゃあ私探す!一緒のクラスだといいなぁ。私の友達も紹介するね!今日は学校だからたぶん来れないけど、昨日三人来てくれてね」

 そうして始まった友達自慢。どれだけ大切に思っている友人なんだろう。次から次へ。話し出したら止まらないるりの自慢、今までの知人の話のどれよりも楽しかった。聞いていて、飽きなかった。

(ああ、いつかぼくにもこんな友人が作れるとしたら。この子が友人になってくれるとしたら)

 こんな風に、今日であった見ず知らずの人間に、自慢される友人になりたい。
 そして、そんな友人を決して失わないように努力できる人間に。

「あ、やっぱりここにいた。雨沢さーん」

 少し遠くから聞き覚えのある声。病棟の看護師の声だ。なんやかんやひと月入院しているのだからもう声だって覚えてしまった。

「ごめん。たぶん今からなんかあるみたいやから帰るわ」
「えー…。仕方ない。次は学校でね!」

 気付けば存在すら忘れていた本を手に持って立ち上がる。それじゃあ握手でもしたらいいのかなと思って、振り向こうとしたら、

「じゃあ、またね!伊織ちゃん!」

 にゅっと立ち上がったるりは、思ったより背が低いなぁなんて思って

「うわ、わあ!」

 そのままぎゅうっと抱きしめられる。ぼくより少しだけ背の高いるりの、跳ねた毛先が見えた。

「ああこら!こけたら危ないでしょう!」

 もうずいぶん近くに聞こえた看護師の怒った声が聞こえる。ああ、あの人怒ったら怖いらしいのに。

 そんなことをぼんやり考えながら、きっと仕返ししてやろうと計画を練ることにした。
 一つ上の学年の上履きを、履いたその時に。

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