スキ、キライ




『スズキちゃんはさぁ、もう少し周りをちゃんと見たほうがいいと思うよー?』

ぐるぐると、頭の中を巡る言葉が気持ち悪い。
貼り付けた笑顔のなか、細められた瞳がまぶたの裏にはりついて不愉快だ。

「んぉー……」

ベッドに転がってう唸ってみても、お腹の奥に溜まったモノは吐き出せない。
見慣れた天井は、いつもと同じ色をしてる。
窓から差し込む西日が少しまぶしくて、手をかざしてそれを遮った。

アタシの手は、男勝りな趣味の為に少し荒れてておんなのこらしくない。
だけど、たった一人褒めてくれた人がいるから、自分でも結構気に入っているんだ。

ぽんちゃんの手料理がすき、ぽんちゃん自身はもっと好き。バイクに乗って走るの、頭が空っぽになって気持ちいい。
えびのひぇひぇいってるの見るのが楽しいし、ちゅんとくだらないこと言い合うのも楽しい。スピーカーから聞こえるちゅんの声を聞くのも、ホントはとても好き。
四人で笑いあって、いろんなことをするのが大好きだ。

口うるさい生徒会は嫌い、あれこれ禁止ばかりしてくる校則もイヤだ。ぽんちゃんが悲しそうな顔をするのを見るのもイヤだし、雨の日も好きじゃない。
急激な変化とか、あったかいぬくもりがなくなってしまうのは、すごくイヤ。
…ひとのことを見透かしたような眼で、見透かしたようなことを言うアイツは、たまにすっごく、キライ。

好きなこと、楽しいことだけ集めていたい。
嫌いなもの、苦手なものから目を背けたい。
そう思うことは、考えることは、悪いことなんだろうか。だってその方が楽だ、わざわざつらい思いなんてしたくない。誰だって、きっとそうだ。

『ただいまぁ』

ガチャン、パタパタ。
聞きなれた声と言葉に、ベッドの上で体を起こす。
同居人のおかえりだ。

放送部の何かがあるとかで、先に帰ってと手を振られて。
……ああ、ひとりで駐輪場にいたから、アイツに変なことを言われたんだ。つまり元を辿れば、このお腹の奥でどろどしてるモノは、全部スズメ娘のせい。よし、焼こう。
じぃっ、と扉を睨む、あと五秒、さん、にぃ、

「あれ、起きてるじゃん美馬。おかえりっていってよー」
「……ちゅん、焼いていい?」
「えっめっちゃ唐突!さすがにびっくりだよ!」

おおげさに驚いた顔をして、ちゅんがアタシの前を横切った。あまり使われてない勉強机に鞄を置いて、「なんかあったの」とこちらに向き直る。

「べつにー。気分?」
「気分で焼かれるの僕!?ていうか焼かないでよ!」
「うっさいうっさい」

ベッドの宮棚(っていうらしい。えびにきいた)に常備してるファブリーズを掴んで、ちゅんにひと噴き。
噴射された霧がちゅんにぶわっとふりかかる。

「わぁっ!?なにするの美馬!」
「だってちゅん鳥くさい」
「えぇ…横暴な…」

ちゅん…、とうなだれるスズメ娘は、いい感じにミントの香り。うん、これでいい。

「ちゅん、おなかすいた」
「えー、冷蔵庫あんまり食料ないよ?」
「じゃ買出し。たまには一緒に行ってあげる」
「ありがとう…?うん?これお礼言うところ?」

ブツブツいってるちゅんをスルーして、ベッドからのそのそ降りてのびをひとつ。

橙だった空はいつの間にか濃い紫に変わって、そろそろ夜になるらしい。

「ちゅん、ぐずぐずするなー」
「あーはい、分かりましたよー」

アタシとちゅんは、二年とちょっと、一緒の家にいて、同じ布団で寝起きしてる。
だから「いつも」と違うにおいがすれば、すぐにわかるんだ。それこそ、部屋に入ってきた瞬間に。
ちゅんは抜けたところがあるから、きっと気づかれないと思ったんだろう。鳥の匂いで紛らわせば大丈夫だって、簡単に考えてたんだろう。ばーかばーか。

アタシは難しいことを考えるのが嫌いだし、あれこれ気を使うのも得意じゃない。「変わらない日常」ってってやつを、多分とっても愛してる。
だから何も言わないし、何も聞きたくない。目を逸らして聞こえないフリをして、何も知らないように振舞って。
そうして守られる日常を、ただ楽しく過ごしていたい。それが、アタシの願いなんだ。

ああ、でも。
タバコのにおいはやっぱり、あんまり好きじゃないなあ。


*End*

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