@sailorsousakuTL 死体をみつけた話




「なあ、お姉さん。生きとる?」

 残暑厳しい中庭の、植込みの陰。六限の始まるチャイムを尻目に、

「…死んでる」

 ぼくは死体を見つけた。





脱水






 暑さのせいでまいっているのは草木も一緒。少し元気のない芝の上に寝転ぶ死体は、暗めの茶髪の中に紫のリボンを忍ばせた美しい少女だった。乱れた長めの髪を散らしている。目は見えない。力の抜けた右腕が、ゆるやかに隠してしまっていたから。

「お姉さん誰に殺されたん?」

 そんな風に尋ねながら少し離れたところに座り込むと、死体は少しだけ腕を浮かせてぼくを見た。たぶん顔は見てない。存在を確認しただけ。すぐに飽きたように腕を戻してしまった死体の腕は元の位置に帰ってしまった。

「たぶん、自分かな」

 そう呟く声は、ずいぶんとかさかさに乾いていた。

「ふーん。自殺かぁ。そりゃ大変やったやろなぁ」

 そこまで言って、そういえば死体のために持て来たものがあったことを思い出した。

「そういやこれ、はい」
「ひゃっ!?なに!?」
「お供え物。脱水で死んだのかなーと思ったから」

 無防備にさらけ出されている頸動脈に押し付けたのは、ずいぶん表面の濡れてしまっているポカリスエット。飛び起きた死体の、真ん丸な目が少し愉快だった。

「暑い日は水分取らなあかんよ?」
「なにを…」
「で、なにに死んじゃうほど悩んでいたん?」

 言葉を失ったのか死体は、ぱくぱくと口を数度動かした。

「なにがお姉さんに、人を殺させたん?」

 俯いてしまった死体はそれでも、言葉を探すように目を見開いていた。

 死体が言葉を探している間に、ぼくはぼくで持ってきた水を飲む。お金なんてないので、家から持ってきた水道水だ。カルキ臭くないのが唯一の救いだ。

 どれくらいたっただろう。不意に死体が、ぱきりと音を立ててポカリスエットの蓋を開けた。そして勢いよく煽る。時々むせこみながら、きっと半分くらいは一気に飲んでしまっただろう。ぜいぜいと荒い息を吐きながら、死体は喘ぐようにつぶやいた。

「さみし、かった」
「うん」

「すきだった、の」
「うん」

「なのに、つたわらない。だれにも、つたわってない」
「うん」

「だれもわたしをみてくれない」

 それでも死体は泣いていなかった。それでも食いしばる歯と血の気の引いた唇は、死体には似つかわしくない。

 だから、ペットボトルに残った水道水を全部死体にかけることにした。

「え、ちょ、きゃっ」
「本当は墓石を洗うんやろうけど、ここにはまだないからな」

 鞄の中のタオルを出す。まだ使っていないタオル。ふわふわとはいいがたいそれで濡れた髪をがしがし拭いていくと、死体は本当に不可解な顔をしていた。

「だれがおねえさんの死体を見つけてくれるんやろうね。だれがここに墓石を立ててくれるんやろうね」

 生乾きの髪。でもきっとこの眩しい日差しですぐに乾いてしまうだろう。艶やかな茶色を濁すことなく。

「いつかその時に、墓参りに来るよ。その時はお姉さんが好きなものをお供えに持ってくるわ」

 さあ、もうすぐ六限が終わる。このままでは二人ともサボっていたのがばれてしまうだろう。

「ねぇ、何が好き?」

 そういうと、死体だったお姉さんは、

「…カフェオレ」

 少しだけ笑った。
 とても、きれいに。

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