北近畿タンゴ鉄道が巨額の赤字を毎年計上しており、上下分離を行い運行事業者を募集するという話が昨年の秋頃より出ていましたが、高速乗合バス事業者のウイラーアライアンス(以下、敬称略ですみません)に運行委託するとの報道が出ています。

まだ正式発表前ではありますが、仮にウイラーに委託するとなると前代未聞の展開です。
ウイラーの成功はローカル線再生に一石を投じる事になるので私も期待と応援をしたいところです。
実はうちの会社もある応募企業のコンサルティングを担当しており、現地の視察や資料閲覧、役員インタビューなども行いました。
内容については守秘義務契約があるため公開できませんが、以下一般論と公開されている情報の範囲でコメントします。

【ウイラーはミッションクリティカル】
私は今まで何度も「ローカル線はなぜ活性化しないのか」というコラムを掲載してきました。
そのまとめ的なものがここです。
http://www.twitlonger.com/show/n_1rk8fgt
今回私がウイラーに非常に期待するのは、今まで指摘した問題を殆どクリアしている会社だからです。
上記URLではなぜ活性化しないのかを記していますが、ウイラーはそれとは真逆です。

・ミッションクリティカルである
ローカル線の活性化はとかくミッションクリティカルではありません。
例えば、「沿線住民に利用を呼びかけるんだ」と駅にポスターを貼る・・・それだと普段乗っていない沿線住民の人に目に触れません。
イベントをやるんだとホームページで告知しても・・・ホームページに来てもらう事を何も考えていません。
こういった論理破綻したミッションクリティカルではない思い付きが次々と起きます。
対して、ウイラーは東名阪で多数のバスを運行ししていること自体、利用者動向の把握や、それに基づく料金の設定、車両の投入など非常にミッションクリティカルな事業を展開しています。

・アイデアが有る
ウイラーは注目を集める破格値のキャンペーンを打ってホームページへの誘導を計ったり、矢継ぎ早に様々なサービスを展開しており、非常にアイデアに長けている展開をしています。

・ビジョンが有る
意外とローカル線の活性を見ていて驚くのは「ビジョン」が無いことです。
ビジョンがない事は社員もどこに向かっていけば良いのかわからないという状態がおき、結果として方々好き勝手な仕事をして非効率化を生みます。
かつて経営破たん寸前だった日産自動車に始めてきたカルロス・ゴーンもその問題を指摘しています。
一方、ウィラーグループは、「移動で世界を元気にする企業」という明確なビジョンを掲げています。

・評価基準が高い
ウイラーは他の高速乗合バスと比較しても車体も綺麗で、ホームページの作りもよく、乗務員のサービスの質も高いと感じます。
これは他の色々な高速バスを乗って感じるところです。
現状維持ではなく、常に一歩先を良くサービスを展開しており、高い基準で事業をしている印象です。

・当事者意識が強い
ローカル鉄道の中には、補助金付けになっているのにそれを何とかしようという当事者意識が全く無い所もあり驚くところです。
しかしウイラーはホームページの社長メッセージにも「世界で最も便利と言われる「日本の移動ネットワーク」を構築し、そこ で培った移動サービスモデルを海外へと展開することを目指してまいります。 」と明確な当事者意識を掲げており、ライバルである他のバス事業者とも手を組んでおり、ウイラーが移動革命を起こすんだという意識を強く感じます。

・スピード感がある
ウイラーはスピード感も早いといえるでしょう。
関越道の事故に起因した高速乗合バスへの移行でも、多数の業者が撤退した中、積極的に基準に合致する路線開設やバス停設置などをかなり短期間で行ってきました。
アイデアの実現も非常にスピード感があります。

このように、今までローカル線の再生で問題視していたことの殆ど、全てと言っても過言ではないほど多くの問題をクリアしているからこそ、期待するところです。

【ウイラーにとってのメリットとは?】
今回、ウイラーにとっては非常に「おいしい」お話だといえるでしょう。
その一つが「宣伝効果」です。
高速バスは関越道の事故など、どうしても「危険」と思われがちな側面かあるのは事実でしょう。
しかし、運行事業者になることで「鉄道会社が運行しているバス」となりれば、お客様から信頼される宣伝効果は相当な物だといえます
さらに、ウイラーはCI戦略やブランド戦略も他のツアーバス系と比べれば非常に高いものがあります。
今後、北近畿タンゴ鉄道の車両もウイラーカラーとロゴを入れて走らせる権限も当然あります。
それが実現すると、京都に乗り入れている特急もウイラーカラーにウイラーのロゴ入りで走らせることも可能です。
もちろん、これ自体は他のバス会社も出来なくはないのですが、ラッピング車体にするには当然掲載料がかかります。
なにより、ラッピング車体は屋外広告条例の関係もあります。
しかし、自社の車体に自社のロゴを入れるる場合、有利広告よりかなり規制が緩いのため、他のバス会社はお金を払っても出来ない宣伝を、ウイラーは可能になる事を意味します。
また、社名や駅名、路線名にも「ウイラー」を入れることは可能で、そうなれば当然地図にも出ますし、乗換案内にも出来ます。
仮に「ウイラー北近畿鉄道」という社名にすれば、沿線のあらゆる施設のアクセス案内には「ウイラー北近畿鉄道○○駅下車」と書かれます。
不動産の案内にも同様に書かれます。
その宣伝効果は莫大な物でしょう。
極端に言えば年間8億円の赤字を負担し続けても、「安い買い物」だと言えます。

似たような事例では、「鉄道会社の不動産部門」という信用を得るため御坊臨港鉄道を買収した紀州鉄道の話は有名です。
あるいは、IT業界が球団を持つのも似ています。
球団を持てばシーズンには毎日のようにニュースで球団名が連呼され、新聞に掲載されます。
たとえドコモがスポンサーのスポーツニュースでも「ソフトバンク」と言わざるをえない、そういった宣伝効果を考えると年間数十億円の維持費など大した額ではないと言えます。
この概念は広告業界ではポピュラーな物で、「CPM」と呼ばれます。
これは1000人当たりの到達コスト(ネット媒体ではビュー数やクリック数と数えられる事もあります)です。
ウイラーが運行事業者となり、ありとあらゆるところに名前が出る宣伝効果をCPM換算すると、数億円の赤字を自腹で負担しても、安い買い物です。

【そもそも北近畿のポテンシャルは大きい】
現地視察をして感じたのは北近畿は非常に風光明媚で、場合によっては北海道並の観光地に化ける要素を十分に持っているといえます。
大自然もあり、海もあり、カニを中心としてグルメもあり、四季を通して観光客を呼び込める要素があります。
また、大阪や神戸、京都などの大都市からも日帰りが出来ない距離ではなく、一泊なら十分、二泊三日ならかなり色々と巡れるなど、背後に抱えているマーケットは本来巨大です。
しかし残念な事に、北近畿はあまりにも知名度が低く話題もないため日本三景であるはずの天橋立もかなり衰退してきた背景があります。
その他の地域は殆ど手付かずと言って良いほどです。
つまり、開発され尽くした観光地ではなく未開の観光地ですから、伸びしろは大きいといえます。
これはどこの観光地も似ていて、話題作りが下手だという事です。
このあたりを強力にPR、営業すればかなり開発余地があります。
その当たりは様々な路線開設やそれと同時に地元企業などと色々な手を組んできたウイラーへの期待は出来ると考えます。

【ウイラーは黒字化することが出来るか?】
結論は「出来る」と私は断言します。
しかもそれが場合によっては初年度から。
それはなぜか?
今回の運行事業者募集の仕組みです。
公開されている募集要綱の中から説明します。
http://ktr-tetsudo.jp/corporate/publicoffer/bosyu.pdf

まず、上下分離とはどういう仕組みでしょうか?
本来、鉄道は線路を敷設したり駅を立てる土地やそれらの建物から車両などあらゆる設備を自前でそろえて維持する必要があります。
しかし、地方鉄道はそれでは経営が立ち行きません。
そこで、出てきたのが「上下分離」という物で、土地やレールなどの「設備」と、それらのうえで経営する「運行」を分離するという物です。
つまり、自治体は設備を所有し運行はせず、運行会社は運行はしますが設備は持たないという方式です。
(実際にどこを境に上下分離するかはケースバイケースで、全てのハードを自治体が持っているケースもあれば、車両は運行会社が所有しているケースもあります)
簡単に言うと、路線バスは上下分離です。
バス会社は自前で道路を所有していなければ、道路の維持もしていません。

鉄道を上下分離をするメリットは、まず第一に設備を持たないのですから設備の維持管理費がかからなくなります。
日々の軌道のメンテナンスや車両も行政所有にするとその修繕費も検査費用も出す必要がありません。
もう一つ、設備を減価償却する必要もなくなるため、その分経費がかからなくなります。
また、設備を持っていると固定資産税も課税されますが、設備を持ったなくにるため、固定資産税もかかりません。
簡単に言う、上限分離すると本来必要な経費が殆どかからなくなるのですから、当然黒字化しやすくなります。
実際、千葉都市モノレールは年間6~7億円の赤字を計上していたのに、上下分離した途端1.5億円の黒字となりました。
このように、上下分離するだけでかなり経営は楽なります。
国土交通省の資産でも、上下分離することで赤字ローカル線の9割は黒字化するとのことです。
つまり、「上下分離」という方式になれば殆どの事業者はそれだけで黒字化するというものです。
更にウイラーの場合、施設会社が施設を保有する物の、施設会社は実際の修繕や保線は、新会社、つまりウイラーに委託することとなります。
その「基盤管理委託料」が10年で77億円にのぼります。
要するに支払の方式や名称は変わるものの、行政が補助をし続ける状態には何も変わらないというわけです。
つまり、ウイラーの売上は運賃収入の他、赤字額に相当する運行委託費が支払われるため、ウイラーに限らず誰が経営しても最低限現状を維持できれば赤字にならないスキームが既に準備されているのです。
さらに、この額は現在の状況で試算をしているので、経営合理化で費用圧縮できれば割と簡単に黒字化できるという物です。

ただ、これはポジティブに考えるべきでしょう。
それはどうしたって黒字にならないこの鉄道をタダで差し上げると言っても、現状維持すると補助金額相当が毎年赤字になるため、タダでも引き取ろうとする人は出てこないだろうという事です。
紀州鉄道のような小さな鉄道ならまだしても、これだけ長大路線で社員数もいる会社では維持すら出来ないでしょう。
せいぜい名乗りを上げるのはあまりにも荒唐無稽な資金計画も無い無謀な会社だけだと思われます。
つまり、実際タダで差し上げると言われても誰も欲しがらないのが実情ですし、趣味で維持できるような物ではありません。
そのため京都府は最低限赤字にならない保険だけは準備することで、参入しやすい状況を作ったと思われます。
それでも、鉄道会社は一社も名乗りを上げなかった程です。
最低限赤字にならないスキームを準備する事で、より柔軟な発想で、スピード感ある経営をすれば、直ちに黒字になるという物です。
そう考えると、初年度で黒字化は十分ありえるといえます。
厳しい言い方をすれば、初年度の黒字化は誰がやっても出来ると思われます。
言い換えると、現状で経営陣もスピリットも変えないままに上下分離しても、黒字化する可能性はあったというものです。
しかし、経営主体を変えて全く違うDNAを注入し、経営改善をする、それをし易くするための今回のスキームは歓迎すべきだといえます、
ただしこれはフェーズ1でしょう。

問題はフェーズ2です。
つまり、本来は鉄度会社が負担すべき維持費である基盤管理費用を行政から拠出してもらっているという状況を断ち切れるかです。
この基盤管理費を受取拒否するほど利益を上げた所が真の黒字化だといえます。
しかしこれもあながちありうるといえます。
どこのローカル線でもそうですが、今時グッズの購入も現金書留という時代錯誤なサービスや、年間数百万から数千万円の増収になる広告を全くやっていないなど、経営効率の悪さや、全く営業力がないなど様々な問題があります。
特に宣伝力や絵意義揚力の弱さはどこの赤字ローカル線も抱えている問題です。
こういった経営の効率化と強力な営業をすれば、益々増収増益が期待できます。
その結果、「基盤管理委託費もいらない」というところまでいければ、真の黒字化だといえるでしょう。
似たような例では長崎ハウステンボスがあります。
ここも開業以来、巨額赤字を計上し続けていましたが、HISの澤田会長の手腕で見事に短期間で黒字化達成、そしてこちらも当初補助金を受けていましたが、それすら「もういらない」と断ったほどです。
真の黒字化を達成しました。
ウイラーの手でここまで改革できれば、真の黒字化だといえるでしょう。

【黒字化できるもう一つの理由、それは「人」】
ローカル線の活性化事例をいろいろ研究していると、活性化するところと活性化しないところにはある共通点があることが分かりました。
それは「人」です。
この「人」というのも、鉄道会社の社員はもちろん、沿線住民と行政、あるいは取り巻く人々に分かれます。
このいずれかでもが腐っている所は、ほぼ確実に活性化しません。
私がローカル線の活性化に関する仕事を始めたとき、大きな誤算がありました。
それは「大変困っているのだろう」と思ったら・・・全くそうではない所が結構あったことです。
むしろ「補助金貰って苦労しなくても赤字にならないんだから余計な事しないでくれ」みたいな態度の会社がいくつもる事に驚きました。
これは両備ホールディングの小嶋会長も言っていますが、補助金漬けになっていた中国バスの社内には「努力して経営改善すると補助金減らされるから努力しないほうがいい」というとんでもないマインドがあったといいます。
実際ある赤字ローカル線も、行政に「枕木は特殊な物で国内では競合がないのでコスト削減できない」と補助金を行政に出させていたのに、実は既に大量の中古枕木を買い込んでいたなどという事があります。
要するに中古で安く上げる方法も仕入れルートも知っているのに、それを隠して補助金を出させたというのですから、これは酷い話です。

もう一つは住民と取り巻く人々です。
住民運動にも二つあります。
それは心底活性化したい人と、活性化を出汁に何かをしたい人です。
心底活性化したい人というのは、問題を認識してその上で何をしたら良いのかを考えて、存続や活性化のために必要な事をします。
例えば二度の衝突事故で運行停止になった京福電鉄を復活させようとした住民は、存続したい人たちも出資して「えちぜん鉄道」を作りました。
そのためここは通称「第四セクター」と呼ばれています。
万葉線も、住民が一億円以上の寄付を集めて存続させました。
このように、心底存続させたい人達は、存続や活性化に必要な事をします。
そしてこういった本当に何とかしたいと思っている人達は「ここが問題だ」と指摘しても、素直に聞き入れ、いやむしろ「問題点を持って指摘してくれ」と言います。
一方、住民運動にはもう一つのタイプがあります。
それは「活性化」と聞いて、それを利用しようとする人たちです。
例えば地元の名士が出てきて、自分の名前を轟かせるために運動を始めたり、あるいは地元の鉄道ファンが「活性化」と言うと、運転室は入れる、タダで乗れるなどの理由で運動を始めることです。
こういう所は自分の名声や、好きな事をやることが目的なので、お客様のために必要な事は何一つしないという特徴があります。
また、こういうところに「これではお客様のためになっていないのでは?」と提言しても聞く耳持たずで、「俺たちを馬鹿にしやがった」などと猛反発します。
後は自分達を正当化する理由を並べるばかりで、何が問題なのかという話には聞く耳持たずで、結局何一つ問題解決しません。
自分達の好きな事を好きなペースでやるだけで、目標を達成する事をしない・・・
あるいは自分の名声のためだけに行動して、やはり必要な事はしない・・・
こういうタイプの運動は活性化とは程遠い状況になります。
行政も鉄道会社との馴れ合い体質で、「現行の経営陣は何もでき無いだろう」とは言わずに、事なかれ主義で補助金を出し続けると・・・
他社と比較すれば酷い状況でも、誰も何も言わない・・・
当然こういう所は活性化しません。
そして何十年も補助金を出し続けて、気付いた時にはもはや手遅れという路線がいくつも廃止になってきました。
色々な活性化事例を調べていて感じたのは、どんな有能な経営者やプランナーやコンサルティングが入っても、この人たちが腐っている所はまず活性化しないという事です。

しかし、KTRは違いました。
まず、KTR運行事業者募集の情報を掴んだ私は公表前に京都府に話を聞きに行きましたが、「是非いらして下さい」「お待ちしています」と言う対応で、電話口からも「やる気満々だな」と感じましたし、実際お会いしてもKTRの現状に非常に問題認識を持っておられ、何とかしたいんだという事を言われていました。
非常に危機感を持っていた印象です。
その後、KTRの上田社長とも数時間に渡り対談しましたが、やはり危機感を持っているとのことで今回の運行事業者募集も「大きな決断だった」とのことです。
社員の方にも色々話を聞きましたが皆さん危機感があり「何とかしていきたい」とのことで、それゆえ過去の給与削減にも応じてきた背景があるようです。
なにより、住民や乗客の方にも話を聞きましたが、特徴的だったのは誰一人「KTRなんていらない」という人は聞いた限りでは一人もおらず、むしろ「残して欲しい」「鉄道がなくなったら北近畿は何もなくなる」など住民の方も危機感を募らせていました。
ツイッターでも、問題を指摘してもいつも聞いてくださる方もいますし、むしろ教えて欲しいとくるケースもあります。
このようにKTRは社員も、行政も、住民も一丸となって「残して欲しい」との思いが一致して、行動していることです。
そういった意味で、行政も社員も、地元もウイラーを受けていれ、色々な開発をしてくけるだろうと期待します。

【最後に】
ローカル線の活性化とは言うなれば「企業再生」というミッションです。
しかし、活性化しないローカル線はまるでそういった感覚は無く、何か町内会のお祭り程度で数億円の赤字が解消するんだと信じてやまない、自分達のペースで好きな事しかしない所が多かった中で、ウイラーは企業としてのミッションを高度にこなしてきた印象があります。
こういった企業としてのミッションを遂行できる会社が運行事業者になったことは非常に期待が大きいといえます。
私がウイラーに期待する所は、あまりに貧弱な活性化運動で再生するんだと信じてやまないところに、一石を投じる物になる事を願う次第です。

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