myarusu

みゃーるす · @myarusu

22nd Feb 2014 from TwitLonger

 今日の沼会にこんなこと考えてる人が来ますよって名刺代わりに。もう一回見ようという人の助けにもなれば幸い。超長文の解説もどき。新しき世界ネタバレ。

『新しき世界』は非常にエモーショナルな話だ。だから、それに引っ張られて1回目は雑感(http://www.twitlonger.com/show/n_1s0ed3u)になってしまった。そのため、2回目はメモを取りながらある程度後で考えられるようにしておいたので、いくつかのポイントに分けて書きたい。


1.構成について

 本作の構造はとても単純だ。だが、展開はよく練られている。自分の考えをまとめるためにも箇条書きにしてみる。

①ボスが死ぬ
②跡目争いがナンバー2(チョンチョン)とナンバー3(ジュング)の間で起きる
③警察は潜入捜査官(ジャソン)が右腕のチョンチョンを勝たせようとする
④チョンチョンが警察と結託してジュングをハメる
⑤チョンチョンがジャソンとその弟分のソンムという潜入捜査官の存在を知る。
⑥チョンチョンのソンムの処刑。ジャソンの女性捜査官の処刑
⑦ジュングが警察から逮捕の真相を知らされる
⑧ジュングが留置場からチョンチョンの暗殺を指示する
⑨警察はチョンチョンが死ぬことを見越し、ジャソンにボスを目指させる
⑩チョンチョンが襲撃され死ぬ
⑪ジャソンはボスを目指し、邪魔者を排除しボスになる。

 各項目の簡単な説明は以下の通り。
 ①はボスの死それ自体が裏社会の秩序を作る新世界プロジェクトの一貫
 ②は組織の重要業務の建設・流通を牛耳り組織で金を持っている華僑系のチョンチョンと純韓国系で組織内の支持者が多い(駐車場の襲撃シーンの人数比も注目)ジュングの対立。ちなみに、ボスの手術室に一番近い席に座っているのもこの二人だけ。後の人間は後ろに控えている。
 ③はジャソンが出世すればするほど、議員との癒着などの大ネタをつかむことができるのと同時に、警察にとって「制御できる大犯罪組織」という果実は大きい。
 ④は③と同様、跡目争いをジュング不在というチョンチョンに有利にな状況にするために必要。
 ⑤で初めてジャソンに危機が訪れる。
 ⑥はジュング不在の理事会の日時を知らせることで、チョンチョンを襲撃できる。そして、警察にとってはチョンチョンに身元のバレたジャソンを守ることも兼ねている。ソンム「だけ」が殺されている状況というのも、いつジャソンが消されるか分からなくなっている。
 ⑦で作中初めてチョンチョンは自ら暴力を行使する。一方ジャソンも初めて自ら暴力を行使する。あの場面で、チョンチョンはすでにジャソンの正体を知っている。それでも、ジャソンを生かす。何故生かすのか。
 ⑧は文字通り。取り調べ室で一人、「俺はジュング様だ!」と叫ぶ彼には冷静な判断ができない。見た目に反して、熱くなりやすい性格なのは、作品中唯一のチョンチョンとジュングの一対一の面会でも示唆されている。
 ⑨は両者共倒れの様相の跡目争いに一旦スギを名乗り出させれば、その後ジャソンが奪い取ることが可能になる。チョンチョンの死とジュングの不在という事態で、ジャソンがすぐに跡目になれないことも分かる。また、ジャソンの経歴が警察のデータベースに存在しない以上、ジャソンの居場所は組織しかないことも分かる。
 ⑩は後述するが、文字通り。
 ⑪はボスを目指すジャソンにとって、組織上邪魔なスギと警察で自分の正体を知る人間を排除が必要。

 と、こうやって各要素を書き上げると、脚本に無駄がないのが分かる。ジャソンが組織と警察の狭間で翻弄され、様々な人間の思惑に左右されながら、最後に自らの意思で立ち上がり、「生き残るため」に頂点を目指す(それを示すためにジャソンの顔のアップから引いていくカメラワークたるや)。逃げることもできたが、妻との逃避行の先は「死」しか待っていない。


2.ジャソンとチョンチョン

 二人の関係性は本作でとても重要なのは誰の目にも明らか。だが、潜入捜査官であるジャソンとチョンチョンの心の交流はどれほど深かったのか。その鍵は、ジャソンの笑顔にある。2時間を越える作品ながら、ジャソンの笑顔はたった3箇所しかない。

①理事会が終わった後、不穏さの漂う跡目争いの空気の中おどけながらウインクするチョンチョンを見て。
②中華料理店で部下を集めての宴席の際、チョンチョンがおどけながら「ブラザーはこのクソ兄貴を信じればいい」と言われ、呆れながら。
③ラストシーンで、殴り込みが終わってボロボロになった二人。飯を食ってエロ映画見に行こう(作中の現在では現実の女を抱こうと誘う。まだ駆け出しなのが示されている)と言われ破顔一笑。作中一番の笑顔。そして、スクリーンは暗転する。

 実はもう一箇所「微笑み」程度のシーンはある。妻がジャソンを理事会に送り出す玄関先で。流産した妻が無理にでも笑顔を作っているのに、ジャソンは口元を緩めるだけなのだ。ジャソンにとって、家庭は笑顔になれる場ではないのだろうか? 何も分からない。ただ、妻と車内で「海外に行こう」と言うシーンでも笑顔は一切ない。
 そして、もうひとつのポイントはチョンチョンの呼び方だ。病室で今まさに死のうとしているチョンチョンに「ボス」と呼びかけた後、作中で(おそらく)初めて「兄貴」と呼びかけ直す。ボスになる前の、ただの兄貴だった時代はジャソンの中に残っていた。

 さて、一方チョンチョンのジャソンに対する想いは、病室のシーン(ほぼ正確なはず)を文字に起こせば一目瞭然だ。

「もう会えないと思っていた。チョー嬉しいよ」
「おい、ブラザー。苦しんでるみたいだな。そんなに悩むな。この辺で選べ」
「兄貴の言うことを聞け。お前が生き残るんだ」
「おい、この野郎。もしも、もしもだが、俺の命が助かったらどうする? お前は俺が許せるか」
「俺の事務所の引き出しにお前への土産がある。後で見ろ」
「<強くなれ。強く生きるんだ>(中国語)」
「強くなれ兄弟。生き残るんだ」

 チョンチョンはここで自らジャソンを許していたことを示す。その上で、ジャソンの気持ちを尋ねる。さらにその上で、このクソったれな状況――チョンチョンの死の引き金を絞った責任の一端はジャソンにもある――でも彼が生き残ることを求める。そして、作中で唯一「ブラザー」ではなく「兄弟」と呼びかける。
 1回目は倉庫でジャソンが女性捜査官を殺すことがテストだと思っていた。だが、それは間違いだった。ジャソンが延辺の物乞いから拳銃を奪って射殺する際、チョンチョンは倉庫の入り口に向かって振り返って確認することなく歩き出している。ソンムは殺してもジャソンは殺さない。それがチョンチョンの中で決まっていたのではないだろうか。


閑話休題:個人的に考えたくなるシーン

①冒頭の拷問シーン
②ジャソンとカン課長が二人で会う最初のシーン
③中華料理屋と倉庫でのチョンチョン

 ①のシーンで、ジャソンは拷問に一切手を貸さない。見ているだけだ。だが、ジャソンは人を殺すことを今まで避けていたのではないかという疑問が生じる。教えて頂いた未公開シーン(http://www.youtube.com/watch?v=YEW2_Y3e6c0&feature=youtu.be)でジャソンは女性捜査官を倉庫で殺した後、嘔吐している。これは、警察の人間を殺してしまったことで、ルビコン川を渡ってしまったから、もう堅気の世界には戻れないという恐怖とも取れる。
 だが、個人的には「初めて人を殺めてしまった」という事実に耐えられないのではないかという気がしている。部下が殺しても自分は殺さない。殺人を見ているだけでも、自分の手は汚さない。自ら定めたラインを超えてしまった怯えではないか。ラストシーンの殴り込みで、ジャソンは誰も殺してないのではないか。殺していたら、あの素敵な笑顔ができるような人間とは、作中のナイーブさを見ても思えない。
 ちなみに上記の未公開シーンはラストシーンのタバコで乾杯と対になる部分もあるので、つくづく、落としたのが惜しい。

 ②のシーンで、カン課長は「お前には沢山の経費を使った」と言っている。完全な推測になるが、ジャソンが組織内でのし上がるために、ひいてはチョンチョンがのし上がるために、敵対組織壊滅やシノギの偽造(ジャソンが簡単に金を用意する)のようなことがあったと示唆されているように思えて興味深い(似たような指摘を読んで握手したくなった)。ラストシーンの作中で6年前のチョンチョンは明らかにパンチパーマのチンピラだ(『フェイク』のアル・パチーノを思い出した)。それが組織でのし上がったのには、「何か」アシストがあってもおかしくない。

 ③の中華料理店のシーン。ジャソンをからかって乾杯した後、場面が切り替わる直前、チョンチョンはわざわざソンムの席に行って酒を注いでいる。年齢の上下・立場の上下にうるさいといわれている韓国社会でこれは普通なのだろうか。チョンチョンの組織に対する考えが見えるし、急成長しても潰されなかったのは、そんな態度による結束も影響しているのではないだろうか。
 また、倉庫のシーンでチョンチョンはドラム缶の中の女性捜査官に向かって、「いい具合の女だった」「おっぱいもでかかった」というようなこと言う。だが、女性捜査官は裸ではなく下着を身につけたままだ。実際には拉致した後ただドラム缶に入れていただけ。というのは、贔屓目だろうか。


3.動機の不在

 本作の主要登場人物――ジャソン、チョンチョン、カン――の動機が不明だ。

 ジャソンは、何故潜入捜査官になったのかという動機が明かされない。華僑だからという選ばれた理由は明らかではある。だが、最初からチョンチョンに接触したかは分からない(ラストシーンのチョンチョンを見る限り、彼をターゲットにするということがあるだろうか)

 チョンチョンは、何故犯罪組織に入りボスを目指すのかという動機が明かされない。華僑で差別されたから? 安易すぎる。差別を受ける立場でも犯罪に関わらず社会で自らの足場を築く人間はいる。それに自分がナンバー2だからという理由以外で、彼が権力に執着する様は描かれていない。華僑系の部下が生きやすいようにするには、自分がトップに立つしかない。そんなことを考えたと想像してしまう。

 カンは組織犯罪を憎んでいるように見える。だが、そこで極端には走らず、犯罪組織は寡頭化していけばいくほど、それこそ韓国内にはひとつの巨大犯罪組織があればよく、それを警察が制御できれば一定の治安は保たれるとさえ考えているような態度だ。だが、その組織犯罪に対する態度の原因は不明だ。

 このように主要登場人物たちの命をかける動機が不明なまま物語が加速していく。「何をやっているか」は見ていれば分かる、だが、命を損耗する行動に駆り立てる動機が不明なまま物語が進んでいくのだ。最後まで明確な「動機」は観客には明かされない。それなのに、各人の背景を観客は読み取ってしまう/読み取ろうとしてしまう。それくらいの力を演者が作品に与えている。


4.最後に

 上記で、動機が不在だと書いた。だが、それも当然なのだ。本作には過去編が企画されている。つまり、過去編ではその動機が明らかになるはずだ。本作はその点で空き箱かもしれない。動機の不在だけではない。個々の明確な感情や論理は観客に提示されない。本作の様々なシーンには、観客の解釈に委ねられた膨大な「行間」がある。だからこそ、ボンクラは熱い物語を夢想し、腐女子はやおい的なときめきを夢想するのではないか。空の箱には何を詰め込んでもいいのだ。

 だけど、この空の箱はただ捨てるだけの空き箱ではない。空は空でも、空の宝石箱なのだ。美しい宝石箱にはそれ自体に価値がある。そして、そんな美しい宝石箱には自分の特別な「何か」を仕舞っておきたくなる――喜び、哀しみ、燃え、萌え。作品から感じた、自分だけの感情を切り取って今この瞬間封じ込める宝石箱が『新しき世界』だというのは言い過ぎだろうか。

 現在から公式回答として過去編が作られるまでの間、それが一番楽しい時なのかもしれない。俺の/私の物語を夢想する自由の地平が広がっているから。
 
 もう一度『新しき世界』、見たくなりませんか? 韓国でのヒットを受ければ日本では最悪ビデオスルーになったとしても(それは非常に悲しいことだけど)、きっとこの物語の過去と続きを見る日が来るはず。それまで存分にあなただけの物語を紡ぐことが出来るんですよってね。

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