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22nd Jan 2014 from TwitLonger


特集ワイド:ニュースアップ 家柄無縁「技芸員」研修生 文楽に懸ける若者たち=学芸部・関雄輔

毎日新聞 2014年01月22日 大阪夕刊
 ◇尽きぬ目標に張り合い 発見しつつ芸磨く喜び つらさと同じだけ楽しさ

 大阪を代表する伝統芸能の文楽は、ユネスコの無形文化遺産にも認定されている。男性のみの演者は技芸員と呼ばれ、大夫(語り役)、三味線、人形遣いの三業(さんぎょう)で構成される。家柄の関係ない実力主義の世界で、新たに技芸員となる若者の多くが文楽とは無縁の家庭の出身だ。なぜ芸の道を志そうと思ったのか、「研修生」として文楽の世界に飛び込んだ若手の話を聞きに行った。

 「『さらばさらば』と引き分かれ、帰るや駒の、染め手綱……」。大夫の語りに合わせ、馬に乗った平家の武将、斎藤実盛(さねもり)が去ってゆく。昨年12月27日に国立文楽劇場(大阪市中央区)で初春文楽公演(今月3〜26日)の舞台稽古(げいこ)があった。吉田玉路(たまみち)さん(28)は師匠の吉田玉女(たまめ)さん(60)と実盛の人形を遣った。

 文楽の人形は右手と首(かしら)の主(おも)遣い、左手の左遣い、両足の足遣いの3人で操る。このうち足を若手が担う。玉路さんは技芸員になって3年になる。稽古を終え、「師匠についていくので精いっぱいです。もっとうまい人がいる中で、あえて使ってもらっている。早く期待に応えられるようになりたい」と気を引き締めた。

 埼玉県出身。芸とは縁のない公務員の家庭に育った。文楽との出会いは高校の鑑賞教室だ。人形の動きに心が奪われたが、当時は「自分がその世界に入るなんて想像もしなかった」という。卒業後は東京都内の私立大学に進学したが、やりたいことが見つからず、すぐに大学に行かなくなった。

 転機は、実家を出て土木工事などのアルバイトをしていた20歳のころ。インターネットで研修制度を知り、「誰でも仕事にできるんだと驚いた」。研修生になる前にまとまった生活費を稼ごうと、北海道の牧場で1年間働いた。

 研修生になるためには面接試験がある。Tシャツ姿で面接に行くと、周りは皆スーツ姿だった。あえなく落ちたが、諦めきれない。すぐに劇場近くのアパートに引っ越し、毎日劇場に通って、過去の公演のビデオを見せてもらう生活を続けた。

 5カ月後に2次募集があった。友人にスーツを借り頭を丸刈りにして臨んだ。人間国宝の竹本住大夫さん(89)に「2回来たんなら、覚悟してるんやな」と声をかけられたことを覚えている。合格し、芸の道の一歩を踏み出した。

文楽の技芸員86人のうち、研修出身者は42人で約半数を占める(昨年4月1日現在)。研修制度は1972年に始まり、原則2年に1度募集がある。研修期間も2年間で、住大夫さんらベテラン技芸員から指導を受けるほか、能、狂言、舞なども上方の第一人者のもとで学ぶ。最初は三業全てを学び、研修開始から約8カ月後の適性審査を経て、それぞれの道に分かれる。

 研修出身者の割合は、大夫24人中10人▽三味線21人中12人▽人形41人中20人。三味線の野沢錦糸さん(56)ら大きな名跡を襲名した出身者もいる。歌舞伎にも同様の制度があるが、割合は31・6%。公演の中心となる名題(なだい)俳優に限ると16・6%で、文楽が大きな成果を上げていることが分かる。

 2年の研修を終えると、研修生は先輩技芸員と師弟関係を結ぶ。玉路さんは2011年、玉女さんに弟子入りした。若手のうちは楽屋掃除や師匠の着替えの手伝いなども仕事のうちだ。人形遣いは舞台で顔を出せる主遣いになるまで、黒衣(くろご)姿で足10年、左10年と言われる。それでも不満はなく、日々が充実しているという。「歌舞伎役者なら主役と脇役のレールが幼い頃からほとんど交わらない。人形遣いは誰もが足から始まり、足を遣いながら全体の動きを覚える。遠い目標と同時に目の前の目標がたくさんある日々は張り合いが出る」と玉路さんは語る。

 玉路さんの同期で大夫となった豊竹亘(わたる)大夫(だゆう)さん(31)も「語りでの息の引き方など、悩み、発見しながら芸を磨いていくのは楽しい。舞台を重ねていく喜びはこの道ならでは」という。

 東京都出身の亘大夫さんも文楽とは縁のない家庭に育ち、以前は板前として働いていた。体調を崩していた時期にたまたま見た文楽に魅了されたという。研修生募集のチラシを劇場で見つけたが、「俺じゃものにならないだろう」と一度は諦めた。文楽への思いが捨てがたく、26歳で研修生になった。

 研修後は豊竹英(はなふさ)大夫(だゆう)さん(66)に弟子入りした。大夫は人形遣いと違い、日々師匠に付き従って日常の世話まで行う。「休みがないのは大変だが、つらさと同じくらい楽しさがある。なかなか自分で納得いくようにできず、師匠やお客さんにほめられても素直にうれしいとは思えない、本当に奥の深い世界です」。そう言って笑顔を浮かべた。

現在研修を受けているのは玉路さんたちの2期後輩の第26期生で、大夫志望1人と人形遣い志望2人の計3人だ。人形遣い志望の佐藤錬太郎さん(24)は千葉県出身、大学の卒業旅行で大阪を訪れ、文楽劇場に入っていく外国人観光客の姿を見て興味を持った。三重県出身の八木風馬さん(24)も文楽はテレビの中でしか知らなかったが、仕事を辞めて悩んでいた時期に公演を見てファンになった。唯一、大夫志望の長島遥洋(はるなだ)さん(23)は大阪育ちで、文楽ファンの母親に連れられて幼い頃から親しみがあったという。それでも、「研修制度を知るまでは自分がその世界に入るとは思わなかった」。

 3人とも今月28日に1年目の集大成となる発表会があり、稽古の真っ最中だ。劇場に通う間も語りの録音テープを聴き、帰宅後は人形の動きを確認したり、語りの復習をしたりと文楽漬けの日々を送っている。

 研修生の多くは20代で、芸の道に入る年齢としては決して若くない。近年は大阪市から文楽協会への補助金問題にも揺れている。それでも実際に会って話を聞いてみると、彼らからは芸を磨く喜びや「文楽が好き」という素直な思いが伝わってきた。

 「何歳になっても老若男女全てをやることができ、自分の経験全てをいかすことができる仕事です」と玉路さん。亘大夫さんは「文楽を見始めたころ、公演で泣いてしまったことがある。同世代にも魅力を知ってもらいたい」という。誰にでも開かれている芸の世界で、切磋琢磨(せっさたくま)する若者たちを、30歳の私も同世代の一人として応援したい。

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 ◇文楽の研修制度

 文楽の後継者を養成するため、日本芸術文化振興会が原則23歳までの男子を対象に募集。受講料は無料。適性審査後は振興会から月10万円が貸与され、技芸員となって3年間活動すると返済が免除される。国立文楽劇場のほか、年4回の東京公演中は研修生も同行して東京で指導を受ける。技芸員になるためには、研修生にならずに直接師匠に弟子入りする方法もある。

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