【座間市議市政報告会:元原発収束作業員に聞く】 ローリエ@Labrobinさまのツイートから;
林哲也氏、2012年6月と10月の2回福島原発の収束作業現場に仕事として入る。きっかけは福一の実態を知りたいという思い。特に自分としては3.11ではなく3.14(水蒸気爆発?)。情報を集めたが今一ぴんと来ない。求人広告を知る。

鳶の経験がある人をということで応募。わかったこと、募集していた会社は元請けから数えて7番目ぐらいの下請け。書類審査も終り仕事も辞めて待機していたところなしのつぶて。作業員の被曝線量、年度が替わるとゼロとなる。(ゼロとする)欠員がない。

仕事も辞めてしまったので別の現場は?サーベイ(後方支援)の仕事を紹介される。(日給:13,000円)現場に到着して、実際にした仕事は建屋の間のホースの取り換え(ネズミがかじったという?)しかしその現場はガラスの破片の山(建屋から吹き飛んだ破片?)

次の作業のレクが物々しかった。高線量の現場だと。(アレバ社の装置、〇〇の撹拌・・・聞き取れなかった)危険なので防護服に加え酸素ボンベを背負って作業する。それでも1msv/sec(毎分1ミリシーベルト?)の被曝。100人近くを集めていた。

この現場だと20分で年間許容量を超える。自分はサーベイという低線量の現場のつもりで来ている。その日の作業終了後、現場責任者に問いただしたら、明日から来なくて良いとクビに。集まっている作業員の年齢層は20代と50~60代。仕事に付けたという意識。

特に18歳から22歳の青年が4人もいたことに愕然とした。女性はもちろんこれから親になる世代の若者が作業する現場ではない。しかし休憩時の会話はここが終わったら次にどんな仕事があるかという不安。心配している事は被曝許容量を超えて仕事ができなくなる事

10月に別の現場に応募。使用済み燃料の保管用の鉛のタンクを作る基礎工事の現場。しかし、その燃料はどこからいつ取り出すか、わかっていない。でも造る。現在原子炉建屋の周辺では何も作業していない。車で周辺を回るとものすごい高線量。作業不可能なのだ。

使用済み核燃料の保管タンクを作っている作業員、3.11直後の冷却水(放射能汚染水)を貯蔵するタンクも作成。彼らの話。タンクが間に合わないので3.11直後からしばらくは海に直接放流していた。(取材では出てこない真実)

収束できない作業をしているように見せかける茶番。そこに巨額の国費が費やされる(怒)

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