放射性物質で汚染された大地を、どうやって、どこまで除染するか。事故から2年。国の主導で決められた計画や作業方法と、地域の事情や住民の気持ちの間にずれが見えてきた。そもそも何のための除染なのか、現場では何が起きているのか。そして人々の将来のためにどうするべきなのか。
 ■やり過ぎ心配、現実見据えよ 福島県伊達市の除染担当、半沢隆宏さん
 福島県伊達市は、福島市の東側で宮城県に接する人口6万5千人余りの市です。福島第一原発事故のあと、仁志田昇司市長が「いずれ東電に請求できるのだから」と除染に手元資金を使うことを決断し、国からの指示を待たずに市が責任を持ってやる態勢を作りました。
 もちろん最初は「除染って何?」という状態です。2011年4月に校庭の表土をはぐ実証実験をすると、確かに効果があるとわかった。それで、小中学校から除染を進めました。私が除染の専属担当に任命されたのは7月です。
 線量が高い地域から説明会をどんどん開きました。最初のころは、市民からまず怒り、不満、不信、不安が噴き出す。本題の除染の説明に入れるのは最後の10分というような状況だった。
 私自身、最初は「早く線量を下げなければ」と必死でした。豊かな自然を取り戻してほしいという住民の気持ちは痛いほどわかる。福島の冬は厳しいんです。土が凍り付いて表土の除去などできなくなる。国が除染ガイドラインを発表したのは12月でしたが、「遅過ぎる」と怒りが湧きましたね。
 しかし、時とともに気持ちが変わってきました。今は、むしろ除染のやり過ぎを心配しています。市民にガラスバッジを配って外部被曝(ひばく)の積算量を測っていますが、高い値は検出されていません。放射線防護の面からは急いで除染する必要性は少なくなっているんです。
 「手抜き除染」については、ほめられた話じゃありませんが、どんな工事にもありうる話だと受け止めています。より本質的な問題として、楢葉町のような低線量地域は、そもそも現状のような除染のやり方が過剰だと指摘したい。
 病気だって、症状に応じた治療をしますよね。何でも手術をしてたら、逆に体がもたない。除染だって、線量や状況に応じてやるべきじゃないですか?
 政治家は「除染を進めます」と気安く言いますが、それがどんなに大変なことかわかってない。表土をはげば、はいだものが放射性廃棄物になる。袋に入った途端、それがすごく危険なものに見えてしまうようで、多くの市町村で仮置き場がなかなか決まらない。
 伊達市では40カ所以上の仮置き場ができて、除染が進みましたが、残念ながら元の線量には戻れません。国は毎時0・23マイクロシーベルト以上の地域は除染する方針ですが、この線量はなかなか達成できない。低いところをさらに除染してもあまり下がらない。現実的な目標設定が必要です。帰らない地域であれば、除染をしないという選択もあるはずです。
 これから中間貯蔵施設を大金をかけて造ることになっています。しかし、うちの仮置き場にある袋をトラックでそこに運ぶだけで、往復に4年ぐらいかかっちゃう。途中、交通事故が起きる危険だって出てくる。個人的な考えですが、各市町村に小型施設を造る方がいいかもしれない。無用な運送コストを減らせますし、自分たちの地域に貯蔵するとなれば過剰な除染を抑えることにもなる。
 除染費用を払うのは私たちではなく、子どもや孫なのです。現実を見据え、合理的、計画的に除染を進めていくべきです。必要なのは、バランス感覚です。(聞き手 編集委員・高橋真理子)
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 はんざわたかひろ 58年生まれ。生まれ育った福島県月舘町の町役場に81年に入り、保健衛生係長などを務めたあと、06年の合併で伊達市職員に。市立図書館長や市民協働課長を経て現在は市民生活部次長(除染対策担当)。
 ■移住の選択肢、用意すべきだ 除染を研究するリスク評価専門家、中西準子さん
 除染のあり方について、仲間と研究しています。長年、下水道やダイオキシン問題で、リスクをどう評価し、それをいかに政策に結びつけるかを研究してきました。その経験をここで生かさなければという思いにかられたからです。
 最初は、どうすれば効率的な除染ができるのかという問題意識を持っていました。ところが、現場を車で走ってみて、広さに圧倒された。大地の除染というのは相当無理なことなんだ、ある程度限定的にしかできないんだと思いました。
 それなのに、政府は除染特別地域に対して「除染してふるさと帰還を目指す」と言い続けている。チェルノブイリ事故のときはベラルーシで33万人以上、ウクライナでは16万人以上が移住したと報告されています。日本政府も、移住という選択肢をきっちりと与えるべきです。
 私には2人の孫がいます。事故時に4歳と1歳半でした。もし孫と一緒にここに住んでいたら移住を選ぶのではないか。それが私の発想の原点にあります。
 調べてみると、除染しても期待したほど線量は下がりません。国は年間1ミリシーベルト以下を目指すと言っていますが、国が除染する地域で計画通りに進んでも、5ミリとか10ミリにしかならない。そこまでするのにも非常に費用がかかる。
 移住については、日本人は土地との結びつきが強いから旧ソ連のようにはいかないと言う人がいます。私は下水道建設の反対運動をする農家と付き合ってきたから、土地持ちの気持ちをわかっているつもりです。裁判に勝ったときに彼らが言ったのは「定年後に耕す土地が残ってうれしい」ということだった。福島では何も私有権を取り上げる必要はなく、何年かたてば戻れるのですから、やりようはあります。
 事故の後は放射能の害の話ばかりになって、どうして生きていくのかを話す人が少ないのを残念に思っています。生きていくうえでは、さまざまなリスクがあります。放射能にも、移住にもリスクがある。両方を比べてどちらをとるか個々人が判断していくしかありません。
 放射線影響の専門家は、100ミリシーベルト以下だと影響は見えないとずっと言い続けています。私は、その見解は尊重できるように思います。リスクがないわけではありませんが、外部被曝(ひばく)の積算が15年で50~100ミリシーベルト程度なら、住む選択肢があっていい。同時に移住という選択肢も用意する。選ぶうえで必要な情報を十分に提供し、どちらを選んでも経済的な補償が受けられるようにするべきです。
 福島県外でも、1キロあたり8千ベクレルを超える廃棄物を処分する「指定廃棄物処分場」が必要になっている。気になるのは、地元の県が国任せにしていることです。皆さん、産業廃棄物処分場でどれだけ苦労してきたかという歴史を忘れているのではないでしょうか。国有地は上へ行けば水源地、下へ行けば海になる。県の努力なしに産廃処分場ができたことはありません。
 除染にいくらまでかけられるのかの議論もどこかで必要です。大変難しい問題ですが、過去に学ぼうと、例えば水俣の海の回復にどのくらいお金をかけたのかといったことを調べています。(聞き手・高橋真理子)
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 なかにしじゅんこ 38年大連市生まれ。東大工学部助手時代に下水道問題、横浜国大教授の時はダイオキシンのリスク研究に取り組んだ。その後、産業技術総合研究所に移り、現職は同研究所フェロー。
 ■1ミリシーベルトは目標、あとは地域次第 除染に取り組んだ元環境相、細野豪志さん
 私が環境相になったとき、環境省は除染という大事業を抱え込んで途方に暮れている感じでした。担当者が持ってきた予算見積もりは100億円規模で、私のイメージからはゼロが二つ少ない。「頭を切り替えてくれ」と言ったのを覚えています。私が全力でアクセルを踏まなければなりませんでした。
 まずは一刻も早く手がけなければなりません。だから、全体に網をかけるしかなかった。個別の事案から入ったら進みません。まず予算を確保し、除染方法を決め、事業者を選んで……と大号令でやる。そんなスタートです。大規模な除染について、ゼネコンに一括発注したのはそのためでした。除染作業のガイドラインも個別の地点に対応するものではなく、あくまで「面」で捉えて進めるためのものです。
 原発を進めてきた国は、加害者です。汚染させた者が処理を引き受けるという「汚染者負担の原則」に照らせば、時間がかかっても被曝(ひばく)線量を国際的な基準とされる年1ミリシーベルトまで下げなければいけない。私はもともと「それは国が責任を持つべきだ」と考えていました。そこへ地元からも「1ミリまで下げて」との要請が重なった経緯があります。
 この1ミリというのは目標で、国が環境汚染に対応する責任をまっとうするという決意です。健康のリスクや帰還の基準とはまったく違う。1ミリ以下でないと住めないということではありません。
 ですから、除染をどこまで徹底してやるかというのは基本的に地域の皆さんの判断を尊重すべきだと思います。なかには「もう除染はいい。お金は賠償や生活再建に回して」という方もいらっしゃいます。その思いは分かります。受け取るお金は帰還のために使っていただいてもいいし、戻らずに生活を再建することに使ってもいい。大議論の末に用いた「帰還困難区域」という言葉は、そういう考えを示すぎりぎりの表現でした。
 でも一方で、国としては「帰りたい」という方々を支えていくうえで除染は欠かせない、と考えます。例えば先祖代々の土地やお墓があるとか、最期はふるさとで死にたいとか……。そういう方がおられるのに、帰るという選択肢を排除することはすべきでない。可能性はしっかりと示し続ける必要があります。
 除染には科学的な側面とは別に「社会的側面」もあると思います。例えば、国が割り切って「土地の価値を上回る除染はしない」という判断をできますか? たとえお金がかかっても、やっていかないといけないのです。
 除染が進まない背景として、除染で出る汚染土などを置く中間貯蔵施設の問題は大きいです。それができないと、仮置き場がなかなかできない。仮置き場ができないと地域の除染が進まない。
 「汚染された土は30年以内に福島県外へ」と約束しました。これは中間貯蔵施設の受け入れをお願いするときの前提の一つになったんですよ。これだけの負担をおかけした以上、最終処分場まで福島に、ということはなかなかできないのです。私たち民主党が積み残した課題ですので、これらに道筋をつけることは政治の責任そのものと痛感しています。政治家として、一個人として考え続けます。(聞き手・磯村健太郎)
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 ほそのごうし 71年生まれ。28歳で衆院初当選し、現在5期目。民主党政権時代に起きた東日本大震災を受けて原発相などを務め、11年9月からは環境相を兼務。その後、民主党の政調会長、政権交代後に幹事長となる。
 ◆福島の現場では 3次下請け、意義の説明なし/アリバイ作りなのでは 山林で作業、男性の証言
 除染作業の実態はどうなのか。現場での矛盾を象徴する一つが、今年に入って発覚した「手抜き除染」だ。モラルの問題とは別に、構造的な問題が背景にある。
 環境省は、事故後に定めた放射性物質汚染対処特措法に基づき、福島県内11市町村の高線量地域を「除染特別地域」とした。国が直轄で除染作業を進める地域で、ゼネコンの共同企業体(JV)に自治体単位で一括発注した。楢葉町は前田建設工業など、飯舘村は大成建設など、川内村は大林組などとなっている。
 福島県伊達市のように毎時0・23マイクロシーベルト以上の地域を含む市町村は「汚染状況重点調査地域」に指定されており、各自治体が除染計画を作っている。
 「本格除染」は昨夏から始まった。鹿島などが受注した田村市に入った元作業員(43)は次のように証言する。
 《私は北海道出身です。仕事がうまくいかず、富山県に移り住みました。震災復興にかかわる仕事を探していたところ、「除染の仕事がある」と電話がかかってきました。
 昨年10月、現場に入って初めて、鹿島JVの3次下請けだと知りました。約3時間の研修がありました。除染の意義? 特に説明はなかったですね。》
 環境省は2011年12月、除染作業のガイドラインを作った。建物や道路、農地などに加え、森林は家側の縁から20メートルの範囲を目安に除染する。廃棄物の量と除染効果とのバランスなどを考慮した、とされる。
 《10月いっぱいは山林の草刈り作業をし、11月から、刈ったものを集める作業に移りました。住宅地では放射線量が高いところを優先的に作業しているみたいですけど、山林については、そうではなさそうです。現場の班長は「国道から見えるところは、きれいにやれ」と。環境省の担当者の車が通ることを意識したのだと思います。》
 はぎ取った土や取り除いた草木は本来、すべて袋に入れて回収し、仮置き場で管理する決まりとなっている。
 《葉や土を川に捨てたのは11月16、17日です。班長が「川に流しちゃっていいよ」と言ったのです。冗談だと思ったんですよ。ところが、「早く流さんか!」と命令口調で言われました。まずいんじゃないか、とためらいました。間違いなく汚染物ですから。でも、班長に意見して「解雇だ」と言われたら、住むところはありません。仲間と顔を見合わせて、流し始めました。途中で班長の上役も来ましたが、黙認していました。
 決まり通りに袋に詰めて崖の上に運ぶのは重労働で「今日はきついだろうな」と思っていました。ところが袋は初めから崖の上に置いたまま。時間短縮のためだったのかな。》
 放射線量が年20ミリ超から50ミリシーベルトの地域は、14年3月までに作業を終わらせて年20ミリ以下にすることが目標。長期的には被曝(ひばく)線量年1ミリ以下を掲げている。
 《作業前と作業後の線量の数値は見せてもらっていません。でも、刈った草や落ち葉を集めるだけでは線量はそう下がらないだろうな、と思いました。本気で下げようと思ったら、表土も何センチか削らなければだめでしょう。ただ、それをすると仮置き場の確保の問題が出てくる。作業のスピードも遅れます。
 結局、「除染をしてます」という表向きの事実をつくるための作業なんじゃないかな。私たちのやった作業は、何のためだったんでしょうね?
 私はもともと、復興のお役に立ちたいという思いがありました。なのに、汚染を広げるようなことをしてしまい、やりきれない気持ちでいっぱいになりました。しかも、みなさんの税金をいただきながら、不正行為をやってしまった。》
 除染の予算総額は、環境省の来年度要求額も合わせると約1兆3千億円に上る見込み。
 同省が公表した特別地域の進捗(しんちょく)状況(12年度分)によると、飯舘村の宅地は計画面積の1%、農地はゼロ。川俣町と南相馬市では本格除染そのものが始まっていない。全体として作業は大幅に遅れ、来年3月までの目標達成は厳しい状況となっている。(磯村健太郎、青木美希)

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