ヤンキー社会の拡大映す

■斎藤環さん=精神科医

 ――ぐっと右傾化して、自民党が政権に復帰しました。
 「自民党は右傾化しているというより、ヤンキー化しているのではないでしょうか。自民党はもはや保守政党ではなくヤンキー政党だと考えた方が、いろいろなことがクリアに見えてきます」

 ――ヤンキー……ですか。
 「私がヤンキーと言っているのは、日本社会に広く浸透している『気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ』という空疎に前向きな感性のことで、非行や暴力とは関係ありません」
 「自民党の政権公約では『自立』がうたわれています。気合が足りないから生活保護を受けるようなことになるんだ、気合入れて自立しろという、ヤンキー的価値観が前面に出ています。経済やふるさとを『取り戻す』と言っても根拠は薄弱で、要は気合があれば実現できるという気合主義を表現しているに過ぎません」
 「自民党の憲法改正草案が天賦人権説を否定していると話題になっていますが、義務を果たした人間にだけ権利が与えられる、秩序を乱さない範囲内で自由を認めるといった発想は、まるでヤンキー集団の掟(おきて)のようです」

 ――しかし安倍晋三さんはヤンキーとは縁遠い気がします。
 「ヤンキーに憧れていたけど、ひ弱でなれなかった、という感じですかね。しかし心性はヤンキー的です。『新しい日本を』『国防軍』と威勢のいい発言を繰り返したり、『ヤンキー先生』こと義家弘介氏を大事にしたりするのはその証左でしょう」
 「安倍さんは月刊誌に『新しい国へ』という政権構想を発表しましたが、『維新』を英訳したら『restoration=復古』だったのと同じで、『新しい国』と言いながら古い国に戻そうとしているのではないか。何しろ安倍さんは、伝統的な子育てを推奨する『親学』を推進する議員連盟の会長でしたから。伝統的子育てには虐待などの問題も指摘され、それがすべて良かったなんて完全なフェイクです。ヤンキーは伝統を大事にするというイメージがありますが、それはフェイクとしての伝統で、さかのぼってもせいぜい3代前。本当の伝統だと勉強しなくちゃ理解できませんから」
 「ヤンキーには、『いま、ここ』を生きるという限界があって、歴史的スパンで物事を考えることが苦手です。だから当座の立て直しには強いけれども、長期的視野に立った発想はなかなか出てこない。自民党が脱原発に消極的なのは、実は放射能が長期的に人体に及ぼす影響なんて考えたくないからじゃないか。『まあどうにかなるべ』ぐらいにしか捉えていない節がある。原発は廃炉にするにしても100年スパンで臨まなければいけないので、もっともヤンキーにはなじまない課題です」

 ――えーっと、要はあまりお勉強が好きではないということでしょうか。
 「あえて知性を捨てているのでしょう。保守は知性に支えられた思想ですが、ヤンキーは反知性主義です。言い方を変えれば、徹底した実利思考で『理屈こねている暇があったら行動しろ』というのが基本的なスタンス。主張の内容の是非よりも、どれだけきっぱり言ったか、言ったことを実行できたかが評価のポイントで、『決められない政治』というのが必要以上に注目されたのもそのせいです。世論に押されて実はヤンキー化しているマスコミがその傾向を後押しし、結果、日本の政治が無意味な決断主義に陥っています」

 ――変わりませんか。
 「100年やそこらでは変わらないでしょうね。いま全国の中学校で何が流行しているかご存じですか? 北海道の中学校で不良を立ち直らせたという伝説の『南中ソーラン』です。ソーラン節をアップテンポにした踊りで、多くの中学校が取り入れています。衣装は『竹の子族』風、踊りは『一世風靡(ふうび)セピア』風と極めてヤンキー度が高く、薄い毒を予防的に注入して強力な毒になるのを防ぐというワクチン的な効果を発揮し、思春期の子どもの反社会性をうまく吸収しています」
 「そうやって成長した若者たちは地元に残り、地元の祭りの担い手となり、『絆』を重んじるヤンキー的な保守として成熟し、うまくすれば地域の顔役になったり地方議員になったりする。要するに、不良になりそうな連中がソーラン節や祭りによって保守にロンダリングされるのです。こんな強力な回路は日本以外にはありません。しかもこの回路は治安維持に役立っている面があるので簡単には手放せません」
 「自民党の足場はここにありますから、それは強い。政権交代が起きても地方議会は自民党が圧倒的に強い。ヤンキーは行動力があるので、選挙となればどぶ板でフル稼働する。ニヒリスティックに棄権する知性派なんて選挙では何の役にも立ちません」
 「民主党議員を見ても、選挙に強い人はヤンキー度が高い。マスコミの多くは選挙結果に戸惑っていましたが、サイレントマジョリティーたるヤンキー層のことが全く見えていません。積極的ではなかったにせよ彼らの支持があったから自民党は圧勝した。もはや知性や理屈で対抗できる状況にはありません。ある種の諦観(ていかん)をもって、ヤンキーの中の知性派を『ほめて伸ばす』というスタンスで臨むしかないというのが私の結論です」(聞き手・高橋純子)

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■さいとう・たまき 61年生まれ。爽風会佐々木病院診療部長。専門は思春期・青年期の精神病理学。近著に「世界が土曜の夜の夢なら」「原発依存の精神構造」。

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