福島のがんリスク、明らかな増加見えず WHO予測報告

 【大岩ゆり】東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による住民の健康影響について、世界保健機関(WHO)が報告書をまとめた。がんなどの発生について、全体的には「(統計学的に)有意に増える可能性は低いとみられる」と結論づけた。ただし、福島県の一部地域の乳児では、事故後15年間で甲状腺がんや白血病が増える可能性があると予測した。報告書は近く公表される。
 福島第一原発事故による健康影響評価は初めて。100ミリシーベルト以下の低線量被曝の影響には不確かな要素があるため、原爆やチェルノブイリ原発事故などの知見を参考に、大まかな傾向を分析、予測した。
 WHOはまず、福島県内外の住民の事故による被曝線量を、事故当時1歳と10歳、20歳の男女で甲状腺と乳腺、大腸、骨髄について、生涯分と事故後15年間分を推計した。その線量から甲状腺がんと乳がん、大腸がんなどの固形がん、白血病になるリスクを生涯と事故後15年間で予測した。
 成人で生涯リスクが最も高かったのは福島県浪江町の20歳男女。甲状腺がんの発生率は被曝がない場合、女性が0.76%、男性は0.21%だが、被曝の影響により、それぞれ0.85%、0.23%へ1割程度増えると予測された。他のがんは1~3%の増加率だった。
 福島県のほかの地区の成人の増加率は甲状腺以外はおおむね1%以下で、全体的には統計学的に有意に増加する可能性が低いとの結論になった。
 一方、被曝の影響を受けやすい子どもでは地域によって増加率が高くなった。浪江町の1歳女児が16歳までに甲状腺がんになる可能性は0.004%から、被曝の影響で0.037%へと9.1倍になった。飯舘村では5.9倍、福島市などで3.7倍に増えると予測された。浪江町の1歳男児の白血病は0.03%が1.8倍(0.055%)になるとされた。
 子どもでも、被曝による影響を生涯で予測すると、もともと高齢化に伴いがん発生は増えるため、増加率は相対的に低くなる。
 胎児のリスクは1歳児と同じ。県外の住民は全年齢で健康リスクは「無視できる」と評価された。
 また、低線量でも若い時期に甲状腺に被曝すると良性のしこりや嚢胞(のうほう)(液状の袋)ができる可能性が高まるとも指摘。「がん化の可能性は低いが、注意深く見守っていくことが重要」と指摘した。
 今回の健康影響の予測では、過小評価になって健康被害が見逃されることを防ぐため、予測結果が過大になっている可能性もあるという。5月に公表された被曝線量推計を基に予測されたが、この推計は、原発近くの住民は事故後4カ月、現地に住み続けたほか、福島県民は地元産の食品ばかり食べていたなどの想定になっている。
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 〈世界保健機関(WHO)が健康影響予測に使った被曝線量〉 福島の原発事故による被曝線量推計の報告書(WHOが5月に公表)などをもとに、性別、年齢ごとに臓器別の線量を被曝後15年間と生涯で地域ごとに計算した。この結果、1歳児の甲状腺の生涯の被曝線量は、浪江町が122ミリシーベルト、飯舘村が74、葛尾村が49、南相馬市が48、福島市や伊達市、川俣町、楢葉町などは43などと推計された。
 国連によると、チェルノブイリ原発事故の避難民の甲状腺被曝は平均490ミリシーベルト。子どもを中心に約6千人が甲状腺がんになった。ただし、甲状腺がんの治療成績は良く、死亡は十数人にとどまる。50ミリシーベルト以上で甲状腺がんのリスクが上がるとの報告もあり、国際的に防護剤を飲む基準は50ミリシーベルトと設定されている。
■リスク示し注意喚起
 【大岩ゆり】世界保健機関(WHO)は、福島第一原発事故の被曝(ひばく)による健康影響について、全体的には、がんが「有意に増える可能性は低い」とした。
 これは、被曝でがんの発生がないという意味ではない。日本人の2人に1人は一生のうちにがんが見つかっており、福島県民約200万人のほぼ半数はもともとがんになる可能性がある。このため、仮に被曝で千人にがんが発生しても増加率が小さく、統計学的に探知できないということだ。
 一方で、小児の甲状腺がんのように患者数が少ないと、わずかな増加も目立つ。福島県浪江町の1歳女児が16歳までに甲状腺がんになる可能性は、0.004%が0.037%へ、約9倍に増えるとされた。これは、仮に浪江町に1歳女児が1万人いたら、甲状腺がんになるのは0.4人から3.7人に増える可能性があるということだ。
 報告書は、念のために注意を喚起して異常が出れば早期発見し対処できるよう、予防原則に立ち予測した。このため、一部過大評価になった可能性がある。
 日本政府や福島県は、住民の被曝線量は100ミリシーベルト以下という推計から「健康影響があるとは考えにくい」と繰り返してきた。それが、住民の不信を招いてきた。今回、過大評価があっても数字を挙げてリスクを具体的に示した点は評価できる。
 1万人当たり3.7人に起こる確率でも、個人にとっては自分や我が子にがんができるかできないか、0%か100%でしかない。
 政府や県は、福島県民の不安に向き合い、リスクを具体的に示して、県民が安心できる対策を打ち出す必要がある。
■予測の条件に賛否
 【大岩ゆり】WHOの報告書は、世界の疫学調査や被曝医療などの専門家がまとめた。日本からは福島県立医大の丹羽太貫特命教授(放射線生物学)と、ロイ・ショア放射線影響研究所副理事長、明石真言・放射線医学総合研究所理事が参加した。
 WHOが、一部、過大評価にもなりうる前提で予測したことについては、専門家の間でも賛否が分かれたという。ある線量の専門家は「健康影響を見逃さないためには、健診などの対象者を広げて対策を考えたほうがいい。健康目的の線量推計は最初は過大評価でも仕方ない。情報が増えたら、修正すればいい」と評価する。一方、丹羽さんは「線量は実態に近いものにすべきだ。一般の住民が、高いリスクを一度目にしたら、それが印象に残る。後から低く修正した数値を示されても、不信を抱くだけだ。その結果、必要以上に不安や恐怖を抱く恐れもある」と批判する。しかし、WHOは結局、予防原則にたって予測した。
 また、100ミリシーベルト以下の低線量被曝について、WHOは「健康影響がないとは言えない」との考えから予測した。日本政府や県、日本の専門家の多くは「影響は、考えにくい」と繰り返していた。
 WHOの判断を、ショアさんは評価する。広島や長崎の被爆者の健康調査だけでなく、放射線関連の労働者や医療被曝などの疫学調査から「低線量で慢性的な被曝でも、線量に応じて影響があると考えられる」と言う。
 WHO報告書をどう、いかせばいいか。明石さんは「必要以上に不安を抱き、それが精神的ストレスにならないようにして欲しい。ただし、被曝の影響を受けやすい子どもは念のために、甲状腺検査や血液検査などの健診を継続的に受けた方がいい」と話す。
 がんは、被曝が原因か見分けられない。原爆の場合、「被爆者手帳」を交付し、原因を問わずに医療費を公費負担した。原発に近い大熊町の蜂須賀礼子・商工会長は「万が一、健康被害が起きたら無料で治療を受けられるよう、国の責任で福島県民にも『手帳』を作って欲しい。それが安心材料になる」と訴える。

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