■長期放射線被曝の新発見
―MITの研究によると、低線量、及び低線量率被曝がDNAに与えるリスクは小さい―
Anne Trafton, MIT News Office
May 15, 2012


MIT(マサチューセッツ工科大学)の科学者による新しい研究によると、政府が原子力事故後に人々を避難させるタイミングを決定するために使用するガイドラインは厳しすぎるかもしれない。

journal Environmental Health Perspectivesに掲載された、Bevin EngelwardとJacquelyn Yanchの主導によるこの研究では、マウスがバックグラウンドの400倍程度の放射線量に5週間さらされたとき、DNA損傷が全く検出されなかったことが判った。

現在の米国の規制では、バックグラウンドよりも8倍も高い放射線レベルに到達した地域は全ての住民を避難させなければならない。 しかし、このような避難に対する金銭的、もしくは感情的な負担は価値がないかもしれない、そう研究者は言っている。

「それは危険なレベルであると言うデータはありません。」 MIT原子力工学科の上級講師であるYanchは言う。 「本論文では、平均的なバックグラウンドレベルよりも400倍高い放射線量でも行動可能であり、かつ遺伝子損傷を検出していない、ということを示しています。我々がいつ避難するべきでいつその必要が無いかという事を発見したというのならば、原子力発電所の事故や原子爆弾の爆発の周辺にいた数万、ないしは数十万の人々に対して非常に大きな影響を持つでしょう。」

今まで、長期間にわたる低線量被曝の影響についてはほとんど研究がなされていなかった。本研究では、バックグラウンドの400倍(0.0002 cGy/m、または105 cGY/y)という低線量下で見られる遺伝性の遺伝子損傷を測定した最初のものである。

「ほとんどすべての放射線の研究は1回の急激な被曝で行われています。長期的な条件と比較した場合は全く異なる生物学的結果を引き起こすかもしれない。」MITの生物工学の准教授であるEngelwardは言う。


●それはどれくらい過剰なのか?

バックグラウンドは、環境中の宇宙線や天然放射性同位元素に由来します。これらは平均1人あたり年間約0.3 cGyにのぼります。

「低線量率放射線への暴露は、自然であり、生活のために不可欠と言う人さえいるかもしれません。 問題は、我々は健康上の悪影響を心配する必要がある線量というのはどれくらいかという事なのです。」Yanch氏はこう述べる。

これまでの研究では、10.5 cGy(本研究で使用した総線量)を一度に被曝すると、DNAの損傷を生じるという事が示されている。しかしながら、本研究では被曝の期間を5週間に広げ、線源を放射性ヨウ素とした。放射性ヨウ素から放出される放射線は、日本で損傷した福島の原子炉から放出されるものと同様である。

5週間後、最も感度の良い方法を用いてDNA損傷のいくつかのタイプが計測された。これはDNAの塩基の構造が変更されている場合とDNA鎖が切断されている場合の2つのタイプに大きく分けられる。そして彼らはどちらのタイプでも有意な増加が検出できなかった。

DNA損傷はバックグラウンド値でさえ1日で1細胞あたり約10,000の変化の割合で自然に発生する。それらの損傷は各細胞内でのDNA修復システムで修復されている。研究者たちは、今回の実験での放射線量では、1日で1細胞あたり数十の病変を増やしたが、それらはすべて修復されてしまった、と推測している。

研究は5週間で終了したにもかかわらず、この結果は長期間被曝と同じであろうとEngelwardは考えている。「この研究での私の主眼は、まずこの被曝量ではそれほど多くの病変を起こさないという事です。そして、あなたは良いDNA修復システムを既に持っているという事です。私の推測では、マウスを今回の実験の条件でずっと置いていてもダメージは見つからないでしょう」

マクマスター大学で医学物理学および応用放射線科学の教授をしているDoug Borehamは、この研究は低線量被曝は人々がしばしば恐れるほどの害を及ぼさない、という論説に追い風になるものだと言う。

「現在、すべての放射線は人間に悪影響があると信じられ、僅かな放射線の被曝はいつでも癌リスクを上げると信じられている。」この研究には関わっていないBorehamは言う。「現在、そのケースにはない結果が出来てきている」


●守旧的な見積もり

避難ガイドラインがその根拠としている放射線の研究のほとんどは、元々は職場での放射線の安全レベルを確立するために行われた物である、とYanchは述べている。つまり、それらは非常に守旧的であるという事だ。職場の場合は、雇用主は全ての労働者に一度に防御対策を行うことができるので、これは理にかなっている、そう彼女は言う。

しかしながら、「汚染された環境下の場合、線源はコントロール出来ず市民は自身の被曝から逃げる必要がある。」Yanchはこう述べている。 「彼らはもしかしたら永遠に、自宅や自分のコミュニティを置き去りにする必要があります。 あなたが福島で見たように、職を失うこともあります。 そして、あなたが望む放射線の影響の分析がどれだけ守旧的かという事を疑問に思ってほしいのです。守旧的になる代わりに、危険な放射線量はどれくらいかという最適な推定量を探し出す方が理にかなっているでしょう。」

これらの推定値は急性放射線被曝に基づいており、それを低線量および低線量率で何が起こるか外挿されている、とEngelwardは述べている。「基本的には、長期間にわたって非常に低線量で何が起こっているかについての予測を行うためには、急性高線量の被曝に基づいた収集データセットを使用していて、直接の低線量被曝のデータはありません。 当て推量なのです。」と彼女は言う。 「人々は、低線量および低線量率何がで起こっているかを予測する方法については常に論争しています。」

しかし研究者達は、避難のガイドラインが改訂される前に、より多くの研究が必要である、と言っている。

"明らかに、これらの研究は、動物ではなく人で行わなければなりませんでした。しかし、多くの研究では、マウスとヒトは放射線に対する反応の多くを共有していることを示しています。したがってこの研究は、現在のガイドラインの追加調査と慎重な評価のためのフレームワークを提供しています。」Engelward氏は述べています。

「興味深い事に、約10万の住民の避難にもかかわらず、日本政府は被曝している市民の避難が不足していると非難されました。 我々の研究から、残された人々が過剰なDNA損傷を示さないだろうと予測しています。これは我々が最近我々の研究室で開発された技術を使用して実験した結果によるものです。」と彼女は付け加えた。

これらの研究の最初の著者は、元MITのポスドクWerner Olipitzであり、実験は生物工学学部のLeona SamsonとPeter Dedon研究室と共同で行われました。 これらの研究は、DOEによる環境健康科学のためのMITのセンターによってサポートされていました。

翻訳元:http://web.mit.edu/newsoffice/2012/prolonged-radiation-exposure-0515.html

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