◆以下の記事は2011年8月に日本農業新聞に3回連載で載った記事である。記事じたいは必ずしもIRRIに批判的ではない(むしろ賛美している)が、ともかくも、IRRIの一面がわかる記事ではある。ゴールデンライスについては最後の記事に出てくる。

【IRRI新『緑の革命』上】『高収量稲アフリカに 技術者の養成が鍵』|日本農業新聞2011年8月1日

 途上国の農業生産を向上させた「緑の革命」から半世紀が過ぎた。新興国の需要拡大やバイオ燃料の増加で、世界は食料価格の高騰局面を迎えている。フィリピンに拠点を置く国際稲研究所(IRRI)は、アフリカなど栽培条件の悪い地域での米増産プログラムの導入や、衛星を使った田んぼの監視システムなどで増産技術の研究開発に力を入れる。多様な方法で世界の米増産と貧困の削減に挑む、IRRIの新「緑の革命」を紹介する。(齋藤花)

 フィリピンの首都マニラから約150㌔北東に車を走らせると、穀倉地帯のエバ・エシハ州にたどり着く。田園に沿って広がる道路には、収穫したパパイアを積み上げて市場に向かうオート3輪トラックが目立つようになる。

 同州ムニョス科学市にある同国政府の農業省研究機関フィルライスの試験場では、アフリカからの研修生25人が稲作の技術研修に励んでいた。IRRIが日本政府と共同で取り組む「アフリカのための長期間農業訓練プログラム」だ。

 6月初旬に、第1弾として、ルワンダ、ウガンダ、ケニア、タンザニア、モザンビークの5カ国から25人の公務員や技術者が、苗の植え付けから収穫まで4カ月の訓練を受けるため、フィリピンに到着した。

 タンザニア農業省職員のベノ・アントン・キルワレさんは「低地では伝統のトウモロコシ生産をやめて米に転換する農家が多い」と話す。トウモロコシに比べ米は1㌔当たり倍の価格で販売できるからだ。

 1㌶当たりの平均収量を現状の1㌧から4㌧まで引き上げることが国家目標。キルワレさんは「政府は5年続く干ばつの対応でかんがい設備への投資を決めている。かんがい技術を自国に持ち帰ることが私の使命だ」と熱を込めた。

 IRRIのユージーン・カストロ上席研究員は「乾燥地帯でも高収量の適正栽培米品種を選べば1㌶当たり6、7㌧にまで上げることは可能だ」と説明する。アフリカからの研修生がIRRIで訓練を受け、自国で技術普及のネットワークを広げることで稲作技術の移転を目指す。

 アフリカでは米消費量が毎年6%拡大する。しかし、収量が低く消費量の半分をアジアからの輸入に頼り、そのために年間36億㌦(約2870億円)の貴重な外貨を費やす。日本政府は2008年、国際協力機構(JICA)が中心となってアフリカ米増産プロジェクト「CARD」を立ち上げた。10年間でアフリカの米生産量を倍増させる意欲的な試みだ。

 IRRIの長期訓練プログラムはその一環で、必要経費の400万㌦(約3億2000万円)を日本政府が供給する。今年から4年間で23カ国のCARD対象国が参加し、70~100人が研修を受ける予定だという。

 「緑の革命」はアジアでは米増収に成功したが、アフリカではうまく進まなかった。優れた種を普及させるだけでは成功しない。技術者のネットワークづくりが成功の鍵を握るとIRRIは考えている。


【IRRI新『緑の革命』中】『農薬の乱用禁止促す 衛星で米生産量把握も』|日本農業新聞2011年8月8日

 イナゴの稲作被害が東南アジアで広がっている。誤った殺虫剤の大量使用で、イナゴの天敵が死滅した。ベトナムで2005年に大量発生したのに続き、タイでは08年から2年間、イナゴの大きな被害を受け続けた。被害総額は2億8000万㌦(約215億7000万円)に上った。フィリピンでは昨年9月に水田合計約220㌶が被害を受けた。今年1月には、インドネシアの東ジャワ州の全水田の75%がイナゴ被害に遭った。

 「農薬の業者が農家に効能や用法を知らせずに高価な殺虫剤を売りつけ、農家は買ったものを散布する。その繰り返しが田んぼの生態系を破壊した」。国際稲研究所(IRRI)穀物・環境科学部の昆虫学者コン・ルエン・ヒョン博士によると、マレーシア以外の東南アジア諸国連合(ASEAN)では、日本や欧米のように農薬の安全基準や取扱業者の登録義務がない。誰でも殺虫剤を販売できる。

 IRRIは08年、アジア開発銀行(ABD)と国連食糧農業機関(FAO)から100万㌦(約7700万円)の支援を受け、殺虫剤対策チームを設置した。アジア各地で農家を対象に説明会を開き、殺虫剤の乱用禁止を説いて回っている。

 イナゴ被害で深刻なダメージを受けたタイは、6月に政府が天敵に有害な二つの殺虫剤使用を禁止した。しかし、「他国の政府はタイのように大きな損害を受けるまでは動かない。農家に誤使用が有害であることを説明しても、国家が農薬取締法を設けない限りは状況は好転しない」と同博士は言う。

 IRRIは今年12月に各国に対してきちんとした農薬規制を促すため、閣僚級会議をベトナム・ハノイで開くことを決めた。農薬取り扱い資格の取得制度導入なども訴える構えだ。

 IRRIが取り組む最新の稲作技術の一つが、宇宙からアジアの水田をチェックしようという壮大な試みだ。今年5月に開発を始めた米情報ゲートウェイプログラムは、衛星で各地の稲の成長や降雨状況を監視、その地域の生産状況を把握したり、生産高を予測したりするシステムだ。

 まず東南・南アジア地域の6000万㌶を網羅し、最終的には全ての米主産国の水田総面積1億5000万㌶の情報を収める。3~5年での完成を予定している。

 相当するIRRI社会科学部の地理学者アンドリュー・ネルソン博士は「正確に各地の米供給量を知ることで、各国の貿易や価格設定における正しい政策が立てられ、米市場の安定につながる。干ばつや洪水などの情報をつかめるため、稲作保険を手掛ける保険会社からも開発の資金を得ている。まず先行するフィリピンをモデルに年末までに具体的な成果を出す」と期待を寄せる。


【IRRI新『緑の革命』下】『栄養強化で子を救え』|日本農業新聞2011年8月22日

 フィリピンに本部を置く国際稲研究所(IRRI)は、遺伝子組み換え(GM)米の開発を進めている。最も商品化が近いとみられているのはゴールデンライスだ。体内に入るとビタミンAに転換されるβカロテンを含み、途上国で深刻な栄養不足に直面する子どもの命を救うことになるというのが、うたい文句だ。特定の遺伝子を除去することで、精米段階で破砕しにくくなる性質を米に与える研究開発も順調だという。

 「東南アジアには米しか買えない家族が大勢いる。彼らの唯一の食べ物にビタミンAを組み込めば栄養補給ができる」と、IRRIのジェラルド・バリー博士はゴールデンライスの開発目的を説明する。世界保健機関(WHO)の調べでは、世界で2億5400万人の子どもがビタミンAの欠乏に直面している。

 IRRIが人道目的に開発したのがゴールデンライスだ。大手バイオテクノロジー企業のシンジェンタ社が特許技術をIRRIに提供、スイスとドイツの7企業も技術提携する。ロックフェラー財団、ヘレン・ケラー・インターナショナル、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、米国債開発庁(USAID)の4機関が研究費を支援し、インド、インドネシア、フィリピン、バングラデシュの4カ国で実用化に取り組む。

 フィリピンでは、雨期、乾期両方に対応する人気品種の「RC82」に、トウモロコシなどの遺伝子を組み込みゴールデンライスを作った。雨季に洪水の起こるバングラデシュでは、冠水耐水性米のゴールデンライスを開発中だ。

 2009年には米国マサチューセッツ州の大学などが、ゴールデンライスから体内に取り込んだβカロテンのビタミンAの転換率が高く、米150㌘中にニンゲンが1日に必要なビタミンA摂取量のうち50%を含むと解析した。

 現在は食品安全規格を申請中だ。食品の安全と適切な貿易の確保を目的に国際食料農業機関(FAO)とWHOが制定する安全規格を取得する方針だという。IRRIによるとフィリピンで13年、バングラデシュで15年に商品化する予定だ。

 破砕しやすい乳白部分を持たない米を作り出す研究も盛んだ。IRRIのシアンキアン・チャオ博士は「乳白部分が全体の20%を超えると精米時に砕けやすくなる」と指摘。乳白部分のない米を生産し、食用の上白米増加につなげる研究をする。10年にはフィリピン、中国、タイ、台湾、ウルグアイ、コロンビア、マレーシア、イランの異なる環境で米生産と観察を行い、乳白部分の原因となる遺伝子を特定、それを除去した稲を開発した。

 今後は、乳白部分のない米ができる稲と各地域で収量の多い稲との交配で各国での栽培に適した稲を開発していく考え。東南アジアにおける食用上白米精製量を、現状の40%から60%に引き上げるのが目標だ。

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