HiroNicoK

Nico · @HiroNicoK

26th Feb 2012 from Twitlonger

丸山真男「現代における人間と政治」(1961)(『増補版 現代政治の思想と行動』1964、未来社)より引用。

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【ナチの時代を過ごした一言語学者の告白】p470
ミルトン・メイヤー『彼等は自由だと思っていた』から。

「一つ一つの措置はきわめて小さく、きわめてうまく説明され、“時折遺憾”の意が表明されるという次第で、全体の過程を最初から離れて見ていないかぎりは、――こうしたすべての“小さな”措置が原理的に何を意味するということを理解しないかぎりは、――人々が見ているものは、ちょうど農夫が自分の畠で作物がのびて行くのを見ているのと同じなのです。ある日気がついて見ると作物は頭より高くなっているのです。」

「どうか私を信じて下さい。これは本当の話なのです。何処に向かって、どうして動いて行くのか、見きわめられないのです。一つ一つの行為、一つ一つの事件はたしかにその前の行為や事件よりも悪くなっている。しかしそれはほんのちょっと悪くなっただけなのです。そこで次の機会を待つということになる。何か大きなショッキングな出来事がおこるだろう。そうしたら。ほかの人々も自分と一緒になって何とかして抵抗するだろうというわけです。」

ところが- 
「戸外へ出ても、街でも、人々の集りでもみんな幸福そうに見える。何の抗議もきこえないし、何も見えない。・・・・・・大学で、おそらく自分と同じような感じをもっていると思われる同僚たちに内々に話してみます。ところが彼等は何というでしょう。“それほどひどい世の中じゃないよ”あるいは“君はおどかし屋だ”というんです。何故って、これこれのことは必ずやこれこれの結果を招来するといったって、証明することは出来ないんです。なるほどこれらはもののはじまりです。けれども終りが分らないのに、どうして確実に知っているといえますか。」

 こうして“おどかし屋”だとか、トラブル・メーカーだとかいわれるのを避けるために、まあこの際はしばらく事態を静観しようということになる。

「けれども、何十人、何百人、何千人という人が自分と一緒に立ち上がるというようなショッキングな事件は決して来ない。まさにそこが難点なんです。もしナチ全体の体制の最後の最悪の行為が、一番はじめの、一番小さな行為のすぐあとに続いたとしたならば――そうだ、そのときこそは何百万という人が我慢のならぬほどショックを受けたにちがいない。三三年にユダヤ人にたいするガス殺人が続いたとしたならば・・・・・・。しかしもちろん、事態はこんな風な起り方はしないのです。」

そしてある日、あまりにも遅く、彼のいう「諸原理」が一度に自分の上に殺到する。
「気がついてみると、自分の住んでいる世界は、――自分の国と自分の国民は――かつて自分が生まれた世界とは似ても似つかぬものとなっている。いろいろな形はそっくりそのままあるんです。家々も、店も、仕事も、食事の時間も、訪問客も、音楽界も、休日も・・・・・・。けれども、精神はすっかり変わっている。にもかかわらず精神をかたちと同視する誤りを生涯ずっと続けてきているから、それは気付かない。いまや自分の住んでいるのは憎悪と恐怖の世界だ。しかも憎悪し恐怖する国民は、自分では憎悪し恐怖していることさえ知らないのです。誰も彼もが変って行く場合には誰も変っていないのです。」


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【ナチを体験した牧師ニーメラーの告白】 p475

「ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども依然として自分は社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増大したが、なお何事も行わなかった。さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった。」

 こうした苦痛の体験からニーメラーは、「端初に抵抗せよ」而して「結末を考えよ」という二つの原則をひき出したのである。 ~ けれどもここで問題なのは、あの果敢な抵抗者として知られたニーメラーでさえ、直接自分の畑に火がつくまでは、やはり「内側の住人」であったということであり、しかもあの言語学者がのべたように、すべてが少しずつ変っているときには誰も変っていないとするならば、抵抗すべき「端初」の決断も、歴史的連鎖の「結果」の予想も、はじめから「外側」に身を置かないかぎり実は異常に困難だということなのである。しかもはじめから外側にある者は、まさに外側にいることによって、内側の圧倒的多数の人間の実態とは異ならざるをえないのだ。
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