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jiheiworld (@jiheiworld)

Posted Sunday 5th February 2012 from Twitlonger

今日(2012年2月5日)、きのかわ支援学校(和歌山県橋本市)で開催された同校育友会(PTA)主催のオープンセミナーを受講してきました。
http://blog.livedoor.jp/takachanmama3745/archives/52817524.html

もともとはヨメさんが例の黒木メイサ女史(過去のつぶやき参照)を誘って行こうとしていたらしいのですが、早い段階で黒木先生を誘うのは断念していた上に、昨日ヨメさんはお姉ちゃん(娘)と音楽の発表会に出ていて、一日置いてきぼりを食らった息子が昨夜から母親のそばを離れようとしなかったため、ヨメさん自身も参加を断念、そのお鉢が私のところへ回ってきた次第です。

そりゃ、もともと自閉症圏行事に出すぎとの批判を受けていた私ですから、ヨメさんの指示でもなければこのような場所に出てこれられるワケがありません。
(でも、現地で「出撃」いう表現を使ったら、@kankan551 さんから「その表現はおかしい」というツッコミが入りました・笑)

しかも、ヨメさんから「行け」という指令が下ったのが午前10時34分、セミナーの開始は午後1時。奈良県は橋本からも近いですが、それは五條などの南和地区の話で、私が住んでいる西和地区から和歌山県橋本市までは車で1時間半以上かかります。


とか何とか言いながら、実は嬉々として午前11時11分に自宅を出発、途中でラーメンかっこんで13時45分にきのかわ支援学校着。会場に入って講師のおがっち氏と目があった瞬間におがっち( )氏が私の顔を見て噴き出し、「そこ笑うとこかいな」とか言っているうちに開始時刻の13時になりました。

育友会(PTA)会長さん、きのかわ支援学校校長先生のご挨拶のあと、講師のおがっち氏(兵庫教育大学 学校教育研究科助教、小川修史先生)の出番に。


おがっち氏の言いたいことはただ一つ、
「常識は非常識」
これだけ分かって帰っていただいたらいい、とのことでした。

自分の常識のものさしで子どもを見ようとしてはいけない、という意味で、「常識で考えたら分かるやろ」と言ったところで、相手はそれが分からなくて困ってるんだから、支援する側がそういう対応をしてはいけない、ということでした。


これ、一般の企業などで働いていると「我が社の常識は世間の非常識」みたいなことがよく言われるのですが、それと同じようなものなのだろうと思います(ここのみ筆者の注釈)。

発達障害の子どもは、向こうから一生懸命こっちの様子を窺って「空気を読んで」行動しようとしているのだから、こっちのものさしを押しつけるのではなく、子どもたちの側の「感覚」と「理解」に沿った対応をしないといけない、という話でした。


「感覚」のエリアで言うと、やはり「見通し」が大切であること、これは普通の人でも同じで、次に何が来るのか予測がついていることは対応できるが、自分がこのあとどうなるのか分からない状況に置かれると安心できなくて不適応行動が発生することがあるので注意しなければいけない、ということでした。

それと、人間が一度に処理できることは限られており、普通の人だとそれを上回る不必要な情報は見切ることができる(見るにしても聞くにしても、必要な情報だけを脳で処理し、不要な情報は無視することができる)けれども、発達障害で感覚過敏のある子どもは、それができないので雑音も一緒に聴こえてしまって逆に必要な会話を取り出して認識することができないことがある、という話でした。

だから、世間にあるイヤマフやパーテーションは、入ってくる情報量を制限するために必要なのだ、とのこと。

いずれにしても、子どもを自分の常識で見てはいけない、自分にとって当たり前のことであっても、それは相手にとって当たり前のことではないことを肝に銘じるべき、とは何度も言われました。


「理解」については一対一対応の重要性について説かれました。

また、物事をカテゴライズする「中間層」を視点が重要で、異なった種類の3つのりんごを見ても、普通の人はそれらが全て「りんご」という共通項で認識できるが、発達障害の子どもは、例えそれが全てりんごであったとしても、現物が違えばあくまで「別の物」だと認識することがある、とのことでした。

それと、抽象的な概念というのは世間の共通認識という「中間層」があるから理解できるもので、この「中間層」を持たない子どもに概念というものを理解させるのは極めて難しい、という話もありました。
(これ以上書くとネタバレになるのでやめておきます)


いずれにせよ一対一対応が重要で、構造化というのは物事を一対一対応にするためにある、ということだそうです。

例えば、パーテーションを使ってカームダウンエリアを作るということは、特定の場所を特定の人に割り当てるためのもので、これも一対一対応の一種である、とも言われました。

スケジュールも一対一対応のためのもので、漠然と「公園に行く」と言われても、(大人はそれが楽しいはずだと思いがちだけど)逆にその子は公園で何をするのか予測がつかずに混乱してしまい、けれど、何をしたらいいのか分かったら落ちついた、ということが実際にあったそうです。

あと、「もう少し」「あとちょっと」などと言った抽象的な表現は分からないからタイマーを使うのだ、という話もありました。

ただ、この世界に古くからいる人は知っていることですが、タイマー導入当初はスケジュールの最後に楽しいことが来るようにしなければならない、タイマーが鳴ると面白くないことが起きる、ということは、タイマーそのものを拒絶するようになるから絶対に避けなければならない、ということは何度も念を押されました。

インスタントラーメンが食べられるまでの3分間にタイマーを使うのはいいけれど、遊びを終わらせる時間をタイマーで示すのは、タイマーそのものを子どもが受け入れてからにしなければならない、ということでした。


最後のまとめで、支援というのは何かをやりなさいと言うのではなく、子どもが何かやろうとしていることを後ろからそっと押して支えるものだ、という話と、子どもが「うん、うん」と言っていても、分かったふりをしないと「聞いていない」と怒られる経験からそうしているかも知れないだけで、本当にコミュニケーションがとれているのかは慎重に判断しなければならない、そこを間違えると自信がなくなって自己肯定感のない子どもに育つので十分注意しなければならない、という話を最後に講演は終わりました。

質疑応答のコーナーで何も質問が出なかったので、アンコール(?)で発達障害の子ども向けの音楽ライブを成功させた話について、これは実際にスタッフとして活躍されたかわけん( )氏とともに話をされました。

(その音楽ライブについては私も参加させていただいたので、その際のレポについては
http://ameblo.jp/sayotomo21064/entry-10488502054.html
をご覧ください)


以上、おがっち講演会の報告でした。

ヨメさんだけに報告するのではもったいないので、みなさんにも内容をご紹介。

なお、氏の今後の「業務」に差し障りがあってはいけないので、出し物的な氏特有の参加者に体験させて理解してもらう具体的内容については、ここでは割愛していますのでご了承ください。

だから、文章だけ読んでいるとカタい講演会のように見えますが、実際には笑いの絶えない講演会です。


ここまでほぼ3400字、夕食前の1時間足らずで推敲もなしで一気呵成に書き上げましたので、お読み苦しい点もあるかと存じますが、何とぞご容赦のほどお願い申し上げます。

ちなみに、ヨメさんからは帰宅後
①おがっち氏はタイに何しに行ってたん?
②かわけん氏は新しい車は何にしたん?
という質問がありましたが、いずれも答えられず…

また、私が家を出る時には前日の疲れから布団で爆睡していたお姉ちゃん(娘)、私がおがっち氏やかわけん氏に会っていたと聞くや、「なんで起こしてくれへんかったん!」って。

あんた、遊びに行っとったんと違うんやからね… http://tl.gd/fo5lr9 · Reply
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