『TPP舞台裏 実は・・・3年前から議論 本紙が秘密公電入手 米国の関与 明白』|日本農業新聞8月7日

 「環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を検討したい」。2010年10月1日に菅直人首相が行った所信表明演説は、唐突だった。「日本が先送りしてきた重要政策課題の実行」を掲げ、米国やニュージーランドなどとの交渉に臨むとした内容は、TPPは経済や社会のあり方にも大きな影響を及ぼすにもかかわらず、与党や閣僚の間で議論された形跡が見られない。しかし、日本農業新聞が入手した米外交公電と関係者への取材によると、所信表明の2年以上前に日米政府間で水面下の話し合いが行われていた。

 08年8月26日、経済産業省の岡田秀一通商政策局長(現通商産業審議官)は、在京米大使館の経済担当公使と当面の通商課題を話し合っていた。北海道で7月に開かれた主要国首脳会議(G8サミット)と日米首脳会談を受け、世界貿易機関(WTO)交渉をどう前に進めるかなどが焦点だった。

 「シンガポールが進めているP4に注目している」。岡田局長は切り出した。P4は、シンガポールとニュージーランド、チリ、ブルネイによる経済連携協定で、06年に発効した。これに米国やオーストラリアなどを加えた9カ国で現在交渉しているのがTPPだ。

 当時、東南アジア諸国連合(ASEAN)や日本、中国などの組み合わせでさまざまな自由貿易の枠組みが議論されていたが、岡田局長はTPPに関心を持っていることを米側に伝えた。在京米大使館が8月27日に発信した秘密公電は、岡田局長が政府内で重要なポストにあることを指摘、会談の内容を本国やASEAN各国の大使館に伝えたことを示している。

 08年10月22日付米大使館発の秘密公電によると、同月13、14の両日、米通商代表部(USTR)のウェンディ・カトラー代表補が来日。外務、経産、農水各省の局長級担当者と個別に会談し、アジア太平洋経済協力会議(APEC)での日米政府の対応をすり合わせた。

 カトラー代表補がこだわったのは、アジア太平洋の経済統合の場に米国が関与し続けることだった。岡田局長や外務省の小田部陽一経済局長(現ジュネーブ大使)らは「米国の関与抜きにこの地域の統合はありえない」などと米国寄りの姿勢を表明した。この場でもP4が話題になった。岡田局長と小田部局長は「現時点で日本政府は協議に参加できないが、将来の参加に向けた日米間の話し合いを進めたい」と持ち掛けたと公電は伝える。一方、農水省の吉村馨国際担当総括審議官(現九州農政局長)は「(P4に加盟する)ニュージーランドと自由貿易協定を結ぶことに農業界は関心を持っていない」と否定的に答えたと公電は記録する。

 在京米大使館と岡田氏、小田部氏は6日の時点で、米外交公電の情報について確認を拒んでいる。

 政治家の口からTPPが出たのは同じ年の11月20日、APEC閣僚会議がペルーのリマで開かれた時だ。当時の二階俊博経産相が、「ASEANプラス3やTPPなどの取り組みを同時並行で進めるべきだ」と述べたと、日本政府の発表資料にある。その後TPPが、日本の政治の表舞台で語られることはなかった。

 日本農業新聞は、内部通報者からの情報を発信するウィキリークス関係者を通じ、数千点に及ぶ米外交公電を入手した。各国の新聞論調などを解説する機密性の低いものを含むが、秘密公電なども含まれている。今回はTPPに関連する日米の話し合いに関連した複数の文書を分析し、関係者への取材も行った。

[解説] 日本 当初より配慮

 3年前、自民党と公明党の連立政権下の政府内で米政府とTPPが話題に上がった。貿易自由化を含めた経済統合の方向を、両国の通商当局者が水面下で模索していたことが、米政府の外交公電からは浮かび上がる。

 2008年7月時点で、WTO閣僚会議では、ドーハラウンド(多角的貿易交渉)の最終的なモダリティー(保護削減の基準)合意に向けて緊迫した交渉が行われたが、月末には決裂。「WTOとは異なる枠組みでアジアの経済統合を行うのかを日米で話し合う必要性に迫られた」(外務省関係者)というのが、一連の会合の背景にある。

 米国は当時も今も、世界の経済成長をリードするアジアの経済統合から弾き飛ばされることを強く警戒している。公電で、米国の担当者は同国が入らないASEANの枠組みで貿易自由化が進むことに重ねて懸念を表明した。

 一方の日本政府は「米国の犠牲を伴わないかたちで交渉を進める」と繰り返し、米国配慮の姿勢を同国に伝えている。TPP交渉への参加の検討をめぐり現在、問題になっている米国寄りの姿勢は議論が始まった当初からだった。

 当時を知り得る複数の政府関係者は、日米の通商交渉関係者間で08年夏、TPPが話題に上ったことは認める。しかしその後、日米間や日本政府内でどのような協議が行われ、菅首相の所信表明演説に結び付いたのか不透明だ。

 はっきりしているのは、3年前の時点で日米政府が、TPPがアジアの経済統合にとって有力な道具であることを認識していたこと、アジアにおける米国の利益を優先することで一致していたことだ。

◆TPP、P4関連の推移

2005年 5月・シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイがP4合意
2008年 3月・P4で「投資」「金融サービス」の議論が始まり、米国が参加
2008年 7月・主要国首脳会議、日米首脳会談が北海道洞爺湖で開催・モダリティー合意を目指すWTO閣僚交渉が決裂
2008年 9月・ブッシュ政権がTPP全ての分野で参加を表明
2008年11月・APECリマ閣僚会議で二階経産相が「TPPを進めるべきだ」と主張
2009年 1月・オバマ政権が発足
2009年 9月・民主、社民、国民新の3党連立内閣発足
2010年10月・菅首相が所信表明でTPP協議参加検討を表明

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