我々が福島から学んだもの

玉木長良(北海道大学医学部 核医学科 教授)
宍戸文男(福島大学医学部 放射線科 教授)

2011年3月11日は、過去60年間で日本が経験した最悪の日の1つとなった。巨大地震に続く大津波が日本の東海岸を襲ったのだ。死者・行方不明者を合わせると20000人以上となる。多くの人々が家を失った。さらに事態を悪化させたのは、この複合自然災害が招いた福島原子力発電所の重大事故だ。制御を失った原子炉の容器破損と内容物漏出により、周辺地域への大規模な放射能汚染が発生したのだ。我々はこの災害の犠牲者の方々に対し深い哀悼の意を捧げる。

我々は現在この放射能汚染にどう対処するかという問題に直面している。水や様々な食品から何Bq検出された、福島周辺の各地で空間線量が何μSv/hである、といった情報を、マスメディアは連日報道している。ほとんどの人は放射線被曝、特にそれを測るのに使われる単位に馴染みが薄いため、こうした報道は大衆の不安を掻き立てうる。放射能汚染の状況に基づき、日本政府は原発から20km以内の全住民に対する避難命令を出した。また、何千人もの避難民に対する被曝状況の調査も施行された。放射性物質による水・食物の汚染は更なる懸案事項である。放射線源として最大のものは131ヨードであったため、その比較的短い物理半減期(8.04日)に従って線量は低下したが、一方で137セシウムによる土壌汚染は、線源としては少量とはいえ、その物理半減期の長さ(30.1年)ゆえに大きな問題となる。現在、野菜や牛乳を含む多くの食料品がその流通を禁じられている。

外国大使館の多くは、福島から遠くにいる者も含め、日本在住の全自国民に対する国外退去を勧告した。多くの留学生が大学での学業を中断して自国に戻らなければならなくなった。危険な汚染状況ではないことが確認されたことで、現在はその多くが学業に復帰したと聞いており、これは喜ばしい話である。

このような状況下において、核医学の専門家は大きな役割を果たすべきである。放射線の単位とその考えうる生物学的影響について、適切な情報を発信することが重要である。日本核医学会(JSNM)は多くの関連組織との協力により、放射線量モニタリングのサポートを行ってきた。当学会のメンバーおよび技術者は、原子力発電所近郊からの避難民20000人以上に対する調査を行い、100000cpm以上の汚染を受けたのは数名に留まっていることを確認した。多くの事例では汚染は衣服・靴・鞄のものであり、容易に除染可能であった。我々は現在、それらの避難民の全員において、生物学的影響はなく安全であることを確認している。

我々日本国民は、広島および長崎の原子爆弾被害者から得られた放射線の生物学的影響のデータを大量に保有している。さらに、チェルノブイリ原発事故からのデータも、起こりうる生物学的影響を理解するのに役立っている。報告されているのは、小児における甲状腺癌リスク上昇の可能性である。多くの専門家の間で、福島およびその週辺地域の子供たちの将来的な甲状腺癌予防のために、無機ヨードを用いた甲状腺ブロックが必要かどうか議論された。その結果、本件における大衆の被曝量はチェルノブイリの件と比較して遥かに少なく(約1/10)、また日本人は日常的に食物からヨードを摂取しているという状況を鑑みて、JSNMはホームページにおいて、福島の子供たちに甲状腺ブロックの施行は不要であるという通達を出した。

もう一つの大きな問題は、放射線に関する適切な科学的情報を一般に提供することである。一部のメディアは空気中や食品の放射能上昇についてセンセーショナルな報道を行ってきた。だが、我々は皆、既知の遺伝的影響以外の生物学的影響がないことを知っている。一方で、被曝線量の許容上限は一定になっておらず、個々人によって年間1〜20mSvに設定されている。現在の状況では、年間1mSvという上限を維持するのは難しいかもしれないが、多くの専門家が異なった上限を提唱してしまうような一貫性のなさは、一部の大衆が不安を増大させる原因となりうる。政府あるいは専門家集団は、ICRPのガイドラインに従って、平常時・緊急時・回復期における一貫した線量上限を提示すべきであろう。また、汚染が憂慮されている地域に関しては、一般に向けて最新の放射線量モニタリング情報を提示することも重要である。

簡潔に説明する目的で、幾つかのメディアは被曝量を検査用のX線CT(およそ1検査あたり5.9mSv)と比較している。これはこうした検査の線量が空間からの被曝量の何千倍もあることを示すには好都合であるが、同時にこうした医学的検査の被曝に不安を抱く人が増えてしまう危険性も孕んでいる。さらには、診断上で重要な検査を受けることを拒否してしまう人が出てしまう可能性もあり、また同じことが医療用の放射性同位元素使用についても言える。医師が放射線を医療に利用するのは、放射線のリスクを検査の恩恵が上回ると判断される場合のみであり、その場合の放射線量も「理にかなった最低線量」(ALARA)の原則で決められているということを、我々はきちんと指摘して続けていかなければならない。

日本は、海に囲まれ、幾つかの活火山を含む多くの山を擁した美しい国である。その長い歴史において、日本は何度も大地震や津波を経験し、それらによって多くの人命を失ってきた。しかし、その度にこの国は力強い努力で立ち直ってきた。今回の災害からも、日本は必ず立ち直る。だがしかし、放射能汚染やその生物学的影響に関しては、世界中の専門家、特に各地の核医学会メンバーからのアドバイスを必要としている。我々の尽力と世界中の専門家の皆さんからのサポートがあれば、日本はこの大災害から復興し、以前より力強い存在になれるだろう。世界中の人々からの温情や力強い激励にお礼申し上げるとともに、各地の核医学会およびそのメンバーからの思いやり深いご配慮に対して、格段の謝辞を述べさせていただく。


翻訳は半匿名の核医学科医師PKAnzugが個人的に行ったものであり、一部に意訳を含んでいるほか、PKAnzugの責による誤訳を含んでいる可能性もあります。必ず以下のリンク先の原文も併せてご参照ください。
http://www.springerlink.com/content/u218428352547h4n/fulltext.html

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