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26th Mar 2011 from Twitlonger

SPEEDIに何が起きたのか?
文責 出口弘 東京工業大学総合理工学研究科 教授
エージェントベース社会システム科学研究センター長
deguchi@dis.titech.ac.jp
目次
1 はじめに
2 SPEEDIが提供すべき図面
3 SPEEDIの何がおかしいのか?
4 組織の逸脱
5 SPEEDIのシステムは何処から来たのか?
1 はじめに
 SPEEDIというシステムは、http://www.rist.or.jp/atomica/dic/dic_detail.php?Dic_Key=2938
によれば、『原子力発電所等の原子力施設において大量の放射性物質が放出されたり、そのおそれがあるというような緊急事態に、周辺環境における放射性物質の大気中濃度および被ばく線量などを迅速に予測し、避難対策の策定と実施に役立つ情報を提供するシステム。』とあり、更に『万一の事故時には一連の解析を実行して、その結果を緊急時防災対策に必要な資料として文部科学省および各自治体に送信する』とある。
 SPEEDI(緊急時環境線量情報予測システム)という原子力災害の緊急時に、汚染物質の拡散に関して予想してその情報を自治体等に通報する筈のシステムについては、それが本当に稼動してないのではないか、或は稼動はしているが情報が公開されていないのか等に関して疑義が出ている。既に私だけでなく何人かがこれを指摘している。
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819499E0E2E2E29C8DE0E2E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;df=2

 このSPEEDIに関する情報は、3月23日付けで、
原子力安全委員会「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算について」
http://www.nsc.go.jp/info/110323_top_siryo.pdf
というかたちで、初めて表に出て来た。そこにはSPEEDIの計算結果の図がついている。だがこの図にはいろいろと疑問がある。

 さらにSPEEDIのようなシミュレーションについて、その結果を軽々に出すべきでないという意見も受けられる。物理学の専門家からそうした意見が出ると、そういうものかと思う人も多いと思われる。そこで災害のためのシミュレーションの持つリスクコミュニケーションと組織の中でのその利用、それに関した組織の失敗という視点から、なぜSPEEDIの結果の情報(それが本当に今計算されているのならば)を開示しなければならないかをまとめておきたい。

2 SPEEDIが提供すべき図面
SPEEDIには、提供すべき図面というのが定められている。
http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030111.html
にはっきりと、出力図形の種類と内容とある。それによれば僅か17分で下記の図の作成が行われることになっている。

1.風速場(地上高)『水平断面風速場:ベクトル表示 m/s :各時刻における風向・風速の水平成分をベクトル表示。放射性プルームの流れる方向の予測に利用する。』とある。
これがリアルタイムにまず計算できているはずである。ここには、風速場図形が観測点60点で標高50mで例が示されている。
これは気象データの観測点が減ったとしてもそれなりの予測ができなければならない。

2 2.大気中濃度(地上高)(希ガス)(ヨウ素)(上記以外のFP核種など) 『水平分布等値線および最大濃度地点 Bq/m3 各時刻における平均空気中濃度(希ガス、ヨウ素、FP核種など)を表示。』

3.地表蓄積量(ヨウ素)(上記以外のFP核種など) Bq/m2 地上に蓄積するヨウ素およびFP核種などの積算量を表示。

4.空気吸収線量率 水平分布等値線および最大線量地点 μGy/h 各時刻における平均空気吸収線量率を表示。緊急時環境放射線モニタリング結果との比較に利用する。

5.外部被ばくによる実効線量 mSv 希ガス、ヨウ素、FP核種などから受ける外部被ばく実効線量を表示。住民の予測実効線量の推定に利用する。

6.吸入による甲状腺等価線量 mSv ヨウ素の吸入による甲状腺の等価線量を表示。住民の甲状腺予測等価線量の推定に利用する。

7.内部被ばくによる臓器の等価線量 mSv FP核種などの吸入による肺、骨表面など臓器の等価線量を表示。

8.内部被ばくによる実効線量(図形例は省略します) ヨウ素以外のFP核種などの吸入による実効線量を表示。

が提供されることになっている。

このうち公開されたという図は、甲状腺の内部被曝等価線量という図で、恐らくは上記の6のヨウ素の内部被ばくによる臓器の等価線量であろう。

3 SPEEDIの何がおかしいのか?
 今回プレスで公表された図は、甲状腺の内部被曝等価線量の試算の図一つであり、本来SPEEDIが提供すべきである、風速場や大気中濃度情報、地表蓄積量情報等の基本情報がない。これらは風速場情報があれば、排出量に関しては最大と最小等の諸条件をシナリオとして想定することで、それなりの推計できる筈である。更に地表蓄積量の3図については、実際の地上のベクレル/m2の検査で補正ができるはずである。(実際後述するフランスのIRSNのセシウム 137に関する空間密度のシミュレーションでは測定データとの合わせをやっている)
そもそもこれらの図1~3がないと、後の被曝に関する線量の計算はできないだろう。そして今一番必要とされているのが、地表蓄積量のベクレル/m2の拡散図とそれぞれの核種の大気中濃度である。これがあることによって、水系の汚染等ある程度予測がつく。また今後ベントからの空気放出があったときにも、速やかにリスクを評価できる。
 特にホットスポット的な可能性のある場所には、測定車を向かわせ現地での計測と付き合わせ、危険であれば非難を勧告できる。政策的には極めて重要で参考となる資料の筈である。こうした政策的に最も重要なデータの開示がなく、甲状腺の内部被曝等価線量の図だけがぽつねんと出てくるのはなぜなのかという疑問がある。
 そもそもこの提出された甲状腺の内部被曝等価線量に関する図はちゃんとシステムの中で計算されたものなのだろうか。
私にはどうしてもこれがきちんとしたSPEEDIシステムの手順を経て計算され出力された図形には思えないのである。
少なくとも、6図が計算できる為には、1~3の図が時間毎に計算されていなければならない。そこからは結果として
フランスのIRSNが計算したもののように、時間変化の拡散アニメーションが得られるはずである。
(時間毎の図を重ねあわせるだけでアニメーションは容易に作成できる)
 個々の時系列のぱらぱら図面でもよいから合成するとアニメートできるような、時間毎の1~3の図を出して欲しい。
それが提出されないとそもそも既存の気象のデータと整合したちゃんとした計算であるのかの検証でさえできない。

実際上述のフランスのIRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)での計算
http://bit.ly/eAgA46 、http://bit.ly/f8uQOv、http://bit.ly/hqZOIw、http://bit.ly/f8uQOv

と比較すると、甲状腺の内部被曝等価線量に関する図とはいえ、海側の汚染部分が想定的に小さいように思える。いちおう海側も表示しているだけあってこの差異は際立っている。

フランスIRSNではホームペジには日本語のページも用意されている。
http://www.irsn.fr/EN/news/Documents/irsn-simulation-dispersion-jp.pdf

 そこで行われているシミュレーションは、
『シミュレーションには放射能雲のトレーサーとしてセシウム 137 が用いられました。放射能数値は 3 月 12 日から 1 時間刻みで計算され、使われている単位は Bq/m3(大気 1 立方メートル中のセシウム 137 ベクレル数)。』
であり、
http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/animation_dispersion_rejets_19mars.aspx
にそのアニメーションがある。

またシミュレーション結果の評価についてもコメントがあり、「IRSN がこのシミュレーション結果を東京で実施された放射能汚染測定結果と比較したとこ ろ、 IRSN の計算結果は東京の測定値と近い(同桁数)であることが分かりました。下の グラフに ヨウ素131とセシウム137のIRSN計算結果が示されています。」
としている。無論フランスの計算は、上空のマクロな大気の流れに関するモデルであり、より局所的な気象モデルとはそのアプローチは異なるだろうが、資料としてはこれらの濃度計算が本来、SPEEDIの出すべき資料にふくまれるべきものであることは言うまでもない。
上記のSPEEDIの提供すべき図面中にある
『2 2.大気中濃度(地上高)(希ガス)(ヨウ素)(上記以外のFP核種など) 『水平分布等値線および最大濃度地点 Bq/m3 各時刻における平均空気中濃度(希ガス、ヨウ素、FP核種など)を表示。』
 をセシウム137で行っているのが、このIRSNのシミュレーションになる。

シミュレーションはイギリスでも英国気象局により行われ公開されている。
英国の場合は、ヨウ素131の拡散図である。 bit.ly/f5h2Gj

いずれにせよ検証はこれからである。そのためにはデータがでなければならない。
SPEEDIについては、パニック等に対する政治的な配慮が仮にあったとしても、既に過去2週間のデータが開示されても既に何の問題もないはずである。
またあれほどはっきり、SPEEDIについての解説の中に、国、地方公共団体等に迅速に提供すると書いてあるのであるのだから、
http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030107.html
http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030106.html
ぜひとも地方公共団体にもデータを開示して欲しい。

また自治体の長もきちんとそのデータを要求して欲しい。
そうでなければSPEEDIは巨額な予算をかけたはりぼてで、単なる安全の為の広告塔であり、いざというときに何も当初約束した組織上の手続きを実行できなかった、或はしなかった、更には計算ができていなかったのではという疑念を払拭できないのである。
更に、今後ベントからの排出の可能性がある状況では住民の避難の参考になる。どういった避難体制を取るかについての
きわめて重要なデータを与える筈の1~3図については、毎時間公表することが極めて重要である。

4 組織の逸脱
 今回のSPEEDIに関しては、今リアルタイムに担当組織で何がおきているかを検証する作業が必須と考えている。それはこのシステム構築に巨額の予算がつぎ込まれて来たという理由だけではない。科学技術と社会のかかわりに関する、決定的な問題をこのシステムと今回の事故での情報開示との関係は、我々につきつけていると思われるからである。それはまたリスクコミュニケーションに於けるシミュレーションの位置づけという問題も絡んでくる。
 まずここで問うべきは、何らかの組織的な逸脱が今回の問題に関して生じているのか、単に技術的にSPEEDIシステムが計算運用できないという想定外の特殊事態が生じたためだけの異常なのかということである。
 SPEEDIシステムの公式の説明にもあるように
http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030106.html
このシステムは、
『原子力施設において、放射性物質の異常な放出あるいはそのおそれがある場合、文部科学省は原子力施設から通報される放出源情報等を基に、SPEEDIネットワークシステムによる計算を(財)原子力安全技術センターに指示します。
 計算開始後約十数分で予測風速場図形、予測濃度図形、予測線量図形が作成されます。これらの図形はネットワークを介して国や関係道府県、オフサイトセンター等に配信されます。
 国や関係道府県は、配信された予測図形をもとに、住民の屋内退避など各種防護対策の検討を行います。』
と謳っている。
また、http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030107.html
には、『緊急時には、気象データ、地形データをもとに、局地気象予測計算の結果を用い、3次元領域全体の風速場計算、放射性物質の大気中濃度計算および線量計算を行い、被ばく線量などを予測します。』
ともある。さらに、
1)入力として放出源情報が仮定されており、さらに刻々替わるデータとして、風向、風速、降水量、待機安定度、日射量、放射集資料を地方公共団体からオンラインで入力、GPVデータ(風速、気圧、気温等)とアメダスデータを日本気象協会からオンラインで入力とある。
2)出力として予測風速場図形、予測濃度図形、予測線量図形が得られ出力の送り先として、国や関係道府県、オフサイトセンター等が対象とされ、
3)行われるべき対策として、住民の屋内退避など各種防護対策の検討とある。

 これらが今回、どのように変化して、事故後10日以上たっての原子力安全委員会のプレス発表になったのであろうか。
それを以下で現時点で可能な限り検証して行きたい。

1)入力としての、放出源情報とは、http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030112.html#kaisetsu_07
によれば、
『放出源情報原子力施設から報告される放射性物質の放出状況に関する情報。
SPEEDIでは、次のデータ項目を入力します。(原子炉施設の例)
・異常事象発生時刻
・原子炉停止時刻
・放出継続時間
・放出高さ ・サイト名称、施設名称
・放出開始時刻
・放出核種名、放出率
・燃焼度』
とある。
 これらのデータが地震と津波の災害後に、取れなかった(それはそれで問題だが)ということは確かだろう。だがシミュレーションがシナリオ評価の道具であるならば、
・放出継続時間
・放出高さ
・放出核種名、放出率
についてのシナリオを得られる範囲で入れることはできなくてはならない筈である。更に事故の規模や炉のタイプでどういう入力になるかは当然、普段からの机上演習で確認している筈である。

 実際、http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030110.html
によれば事例データの計算に、
『放射性物質の環境への放出は、地上高61.5mのスタック(排気筒)から起きたこと、その時の燃焼度を20,000MWD/MTU、原子炉停止時刻は7月22日10時、放出開始時刻は7月22日10時、放出が6時間継続すると仮定しています。
 「放出モード=単位量放出」は、放射性物質の放出の条件を表し、「単位量放出」は、常に一定量の放射性物質が放出されるモードです。「変動放出」は、時間とともに放出量が変化する場合に、指定するモードです。
 この計算例では、放出率を希ガス1Bq/hとしています。
 この計算から得られた実効線量の分布は、迅速な防護対策の検討に用いられます。また、緊急時環境放射線モニタリング結果と比較し、実際の放出量を推定するときにも役立つものです。』
というシナリオが記されている。このようなシナリオが入力可能であれば、今回の放出や今後の放出の可能性についても、それなりに換算し保管した入力が作成できなくてはならない。

 他方、気象データは、地方公共団体からと気象協会からのオンライン入力が想定されており、これはシステムが寸断したことが想定される。つまり当初の予定の17分での結果の出力は無理であったのは当然であろう。さらに福島原発周辺のアメダスも当日以降、比較的広範な範囲でデータがでてきていない。これは局所気象予測を困難にすることは容易に想像できる。
 だたし他方でこれも一定の範囲での補完データを、システムに入力できれば、ある程度の予測は可能でなければならない。地形データ等は既にDBに入っている筈なので、地理的境界条件は既に揃っている。結果として、不足データを得られたデータの範囲から補完して幅を定め、シナリオ化する能力が要請される。
 データ入手に関する組織的問題で検証すべきは、事前にこのような事態に備えてのシナリオ策定の考え方があったのか、あるいは単に、物理的正確さを求めるシミュレータとしてSPEEDIが設計されていたのかということ、及び実際のシステム運用で入力データに欠損があったときのデータ保管による運用がきちんとマニュアル化されていたかということである。
 統計の世界では入手データに欠損があることは日常茶飯事である。それに対する補完処理ができてなんぼの統計である。GDPの計算はその種の補完処理の固まりの結果でもある。またこれらに関連して、そもそもこのSPEEDIというシミュレーションのシステムは何処が開発したもので、誰がコードを理解しており、その手の改修を受け入れる様なものであったのか、まったくいじれないブラックボックをではなかったのかもまた検証する必要がある。(私は後者を疑っているが、、、)

2)の出力とその送り先に関しては、23日の時点で、SPEEDIが提供することになっている、8つの図のうちで6番目の図であろう甲状腺内部被曝量図だけがメディアに公開された。これは明らかに組織の逸脱と言わざるを得ない。失敗ではなく逸脱と記したのは、SPEEDIは、そのシステムの説明の中ではっきりと自治体への情報提供を謳っているからである。
 そこでは、総計17分で、『国や関係道府県、オフサイトセンター等に配信』とあり、国については現時点(3月26日)で何が何処に届いたのか、本当に届いたのか不明である。オフサイトセンターからはどうやら直後に福島市まで逃げた様なのでこれまた不明。問題は自治体である。地方公共団体がこれらのデータを迅速に受取っていないとすれば、どこかで組織の作業手続きに違反があったことになる。
 組織間関係として、災害に関する情報提供の流れが事前に約束事としてでできあがっていて、その約束された標準作業手続きは、SPEEDIというシステムを開発実装し運用する上での約束ごとである筈である。それを非常時にパニックが起こるかもしれないというような理由でどこかで止める様なことが起きているとしたら、それは組織の逸脱以外の何ものでもない。

本来のこの種の災害シミュレーションに要求される事は、シナリオ評価であり、確実な予測(人工衛星の軌道計算の様なもの)を提供する(それはそれで望ましいが)ではなく、リスクの幅に応じて必要な政策、対策を策定する、或は発動準備をするための検討と討議のための資料を提供することにある。要は、社会に関連したシミュレーションの意義は物理的正確性だけでなく、生じ得るリスクやシナリオの幅と事態の変化プロセスを論理的に明示し、必要な対策や政策を取る為の討議空間を提供する事にある。そのシミュレーション資料の組織での使われ方が明確であることが鍵となる。
 これらに関する方法論に関する手前味噌な参考資料として、WSSFでの発表資料http://bit.ly/gKCfZU を挙げておく。
 
 そもそも原子力災害に対しては、緊急時対策支援システム(ERSS:Emergency Response Support System)というものがあり、その中の「解析予測システム」(APS)によりプラントの状態が解析され、炉心出口温度、原子炉および格納容器の温度・圧力等のプラント主要パラメータ値やその予測、放射性物質の放出量が表示されるとある。
http://www.jnes.go.jp/bousaipage/system/erss-7.htm
http://nucnuc.at.webry.info/201012/article_1.html
 またこのうち放射性物質の放出量は、SPEEDIに 受け渡されるとある。
今回の津波で、このオフサイトセンターのERSSがプラント情報収集ができなくなり機能不全になったことは間違いないだろう。他方で、SPEEDIの計算等の機能については、
http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/bousin/bousin003/siryo5.pdf
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09030301/01.gif
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09030301/04.gif
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09030301/02.gif
等にSPEEDIの計算フローと入力データについてという詳細な解説等がある。これによれば
気象庁数値予報データ (GPV)と現地気象観測データ (AMeDAS及び自治体テレメータ)
風速、気温、降水量等がオンラインデータ、サイト情報、地形データ等 サイト緯経度、スタック高さ、地 形標高、土地利用データ等と核種組成比率データ、炉型別の組成比率等、線量換算係数、実効線量等への核種別換算係数等がオフラインのDBデータであるとある。これらは入手に問題はない筈である。
 それに加えて、放出源情報がERSSから手入力データ (一部ERSSか らオンライン)としてもたらされれば拡散・線量計算 PRWDA21により大気中濃度、線量率、線量等の計算がされるとある。従って、今回は地震と津波のトラブルにより、ERSSからの放射性物質の放出量だけが入手できないとしても、あり得る事態に対するシナリオを切って、補完推計或はシナリオ化すればSPEEDIは使える筈である。

 SPEEDIが本当に動いているかについては、例えばNHKは
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110316/k10014705241000.html
で『原子力安全・保安院は「放射線の量を測定する『モニタリングポスト』の多くが、地震のあとの停電で動かないため、『SPEEDI』の本来の機能が十分に得られない。今後、回復する見通しは立っていない」と話しています。』と3月16日 6時4分に報道し、他方でこれに対する反論が、
http://www.nustec.or.jp/news/pdf/kiji.pdf
に『平成23年3月15日(火)朝刊にて、当センターが運用しているSPEEDIシステムが予測不能との誤認記事がありました。現在、3月11日に緊急時処理を文部科学省から指示を受け、毎正時(1時間毎に)及 び特別条件での拡散予測図を文部科学省等に報告しており、今日現在においても継続 してSPEEDIシステムは、住民避難や国の原子力防災対策で活用されていますので、 お知らせします。』とある。
 つまり1時間毎に文部科学省に報告がいっていると原子力保安委員会は主張している。
 しかも『地震によりテレメータからのデータが得られなくとも緊急時処理は別処理であるため、拡散予測を行うことができる。』とある。つまり何らかのデータ補完ができていることになる。
 これを信じるのならば、逆にどこかでデータの非開示という組織の逸脱という失敗が生じていることになる。
実際、学術会議のUstream放送:http://www.ustream.tv/recorded/13392382
「日本学術会議緊急集会「今、われわれにできることは何か?」2/2」
の中で、 28分付近で「計算してる、連絡とってる。どう出すかは本部あるいは全体の判断」と主張するのに対し、質問者が44分「パニックコントロールの問題あっても我々が知らないとは」「動いていると言ってもデータ共有必要、少なくともやっているといわなければ」という対話がなされているが、この質問者の問いかけには答えは与えられていない。
 他方で、例えば、茨城県の東海村近辺の空間線量率に風向風速をあわせて10分ごとに更新しているサイトに
 http://www.houshasen-pref-ibaraki.jp/present/result01.html 
がある。これは
http://www.houshasen-pref-ibaraki.jp/system/index.html
によれば、茨城県のシステムで、情報は公開し、市町村役場他原子力オフサイトセンターにも提供している。

 もし「物理的な計算の不確実性」を理由に、あるいは「まず厳密な計測値を知らせるべきである」というアドホックな論理によって、組織間関係として構築されたた筈の情報の流れが遮断されたのであれば、これは明確な約束違反であり逸脱である。
 あまりこういう言い方はしたくないのだが、巨額の国費を投じて、実践のシステムとして現場投入している行政とリンクしたシステムが、突然その行政の遂行プロセスを変更したという、とてつもない組織上の問題が生じたことになる。
 本来この種の情報の開示こそがチェルノブイリの教訓から我々が必要とするものであると認識されてきた筈ではなかったのか。もし、「情報開示の原則」と「パニック回避のための情報管理の原則」のようなものが衝突しているとしたら、現状でそのマネージメントができているとは到底信じられない。戦争や災害で情報を隠蔽するというのは古くからある組織のマネージメントの一つの方法である。しかし複雑化した現代社会はそのような情報隠蔽による上位下達でシステムが管理できると想定することは殆どできない。今回の震災でも実際の様々な災害対策は、様々なステークホルダーによって分散的で自己組織化的に構築されて来た。これについては別途検証するが、もしこの種の上意下達の管理が何処かで混入して、『責任の持てない情報、無責任な情報は出せない』などの理由で情報が止まっているとすれば典型的な組織の逸脱、失敗だろう。
 それゆえこの問題は、今後の災害にその他に関する技術と社会の在り方を考える上で、今回徹底的に明らかにする必要がある。繰り返しになるが、ここで生じた問題は、純粋な物理学や技術の問題ではなく、組織の中での知識の利用に関する約束事を突如、変更してしまったことにある(SPEEDIが動いているなら)。チェルノブイリの反省は、情報を隠してはいけないということであったという経験が、結果的に裏切られた可能性を我々は注意深く検証しなければならない。

3)SPEEDIの情報に基づいて行われるべき災害対策という視点から見た時、今回のSPEEDIの問題はより深刻な技術コミュニケーションの問題を惹起する。
 今回23日にメディアに公開された図以外の、本来SPEEDIから提供されるべき、全ての図が実際に計算されていて、なお一部にしか開示されていないとしたらそこには組織上の大きな課題が存在する。だが情報がどこに提供されていたとしても、次に問いかけねばならないのは、当該の情報を提供された組織がその情報を利用して、災害対策を行うための標準作業手続きを準備していたのかという点である。これも今回の災害に関連して、我々が今後検証して行かなければならない最大のポイントの一つである。
 実際、情報がどこまできていたかと独立に、仮に必要な全ての情報が自治体や政府に届いていたとして、それに基づいてどのような対策がなされなければならないのだろうか。

http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/030111.html
によれば、『SPEEDIネットワークシステムの予測出力図形の上に、あらかじめデータベース化された周辺地域の人口や公共施設などの情報を重ねて表示することができます。これにより、国、地方公共団体等が被ばくのおそれのある地域に対して迅速に交通規制、屋内退避、避難などの防護対策をとる上で有力な情報となります。』
とある。そこにあらかじめデータベース化された周辺地域の人口や公共施設などの情報として、
「学校、病院、避難施設、警察署、市町村役場、消防署、運輸関係、防災基幹、圏内報道機関、関係各省庁、各省庁出先機関、県庁関係(本庁)、宿泊施設、コンクリート建物、老人ホーム、浅薄保有、防災関係機関所有船舶、ヘリポート、水道施設、車両保有、緊急時輸送車両、ヘリコプター発着場適地、防災行政無線局設置期間、緊急時モニタリング地点、資機材保管場所、平常時モニタリング地点、防災関係機関保有船舶(国)、国道情報、市町村道情報、社会環境情報登録年度」が挙げられている。そうであるとすれば、これらの所に関連して、災害対策が行われる利活用シナリオが同時に存在しなくてはならないのだ。

むろん、原子力の防災に関する机上演習は従来から何度も行われている。
原子力防災訓練は毎年やってるが、特に平成20年の女川原子力発電所2号機事故を想定した訓練、
今回の事故の対応に対する検証の参考になる。
http://www.pref.miyagi.jp/gentai/Press/PressH210116.html
 そこにある事故の進行表http://bit.ly/esR62qが悲しいくらい今回の事故のプロセスにその初期のプロセスは似ている。だが似ているのは最初だけで、進行表では比較的早期に無事収束の場合を想定している。
 今回のケース、上述の女川原子力発電所2号機事故を想定した訓練の進行表から検証すべき事は、
『10条通報受信後、国の 現地警戒本部、自治体の災対 本部が設置されたのに伴い、当 連絡会議を開催する。』
がきちんと自治体を含み開催されたのか、そこでどのような情報が提供されたかである。
 不思議な事にこの進行表には、緊急時環境モニタリンクはあっても緊急時対策支援システム(ERSS)もSPEEDIも出て来ていない。これは何を意味するのだろうか? 現時点では検証はできないが、所謂防災訓練とSPEEDIのシステムが組織の標準作業手続きとしてまったく連動していなかった可能性が指摘できる。もしそれが事実であるとすれば、これは最大級の組織の失敗であり、緊急時対策支援システム(ERSS)もSPEEDIによる予測システムも全くの宣伝、アリバイ証明でしかなかったことになる。
 本来この種の机上演習では、実際にシステムを運用しながら問題出しをしなければならない。データが不十分だったらどうなるのか、事故が拡大した時どのような対策が可能となるのか等等である。今回の事故に関して言えば、水道だけでなく井戸水を使っている地域で危険度が高いところにモニタリングを要請する等多く活躍する場があったはずで、普段からの演習がそういった可能性を一つ一つ洗い出す作業にならねばならない。しかし実際には今この瞬間にもSPEEDIを組織的に活用するシナリオはどこにも存在しないように見える。利活用のシナリオのないところでは、情報はせいぜい上司への御進講程度にしかならず、説明を受けた上司も、責任の取りようがないのである。

 さらに原子力防災訓練事故進行表http://bit.ly/esR62qは最悪事態を想定したものではない。そこでは一つの危機ではあるが、比較的穏当なシナリオを想定している。これは本来机上演習が、事故に関する人々の意識を喚起し、いざというときに標準作業が組織間関係を含めうまくまわるようになるような体験型の学習を行う事が目的のためでもある。
 これは従来の机上演習のそもそもの限界でもある。ジョンホプキンス大学が作成した天然痘のバイオテロに対する机上演習、Dark Winterでも、一つのシナリオでの机上演習が設計されている。
 そういう状況では、現在の机上演習的な訓練で想定する事態以上の出来事を想定して、あれこれ論じるのは難しい。それを可能とするのがシミュレーションなのである。
 筆者はシミュレーションを危機対策のシナリオ分析に用いるシミュレーテッドな机上演習を提起して来た。そこではシミュレーションによって様々なリスクの可能性を評価し、どのような対策が必要で有効かを議論する場を提供することを目指して来た。シミュレーションノ畑は違うが私が天然痘のバイオテロ対策に作ったシミュレーション支援型の机上演習では256のシナリオを含んでおり、その中にはモデレートなシナリオも、住民の大部分が感染してしまう最悪のシナリオもある。それはどのような対策を選択したかでシミュレーションされ得られるものとなっている
 感染症でのSimulated な机上演習の重要性を言い続け、実際にモデルも作って来たが、これは方法論的には原子炉災害に関するシナリオシミュレーションでも同じである。
 一般に人は、組織の中で動く時、様々な対策の中で、最悪のシナリオというものを考えたがらず、また机上演習のマルチシナリオ実施の限界もある。それゆえシミュレーション支援での机上演習+グリッドによる総シナリオのランドスケープ分析が重要となる。ここでいうランドスケープ分析とは様々な政策シナリオの時限で、災害や感染をシミュレーションし、そのランドスケープを見る事で何がクリティカルであるかを見て、有効な対策を議論する手法である。
http://www.cabsss.titech.ac.jp/home/62-g-sec-.html
http://biopreparedness.jp/index.php?plugin=attach&refer=seminar&openfile=Keio G-SEC_

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