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一部改変済
平成9年11月10日判決言渡
同日原本領収
平成7年(ワ)第5718号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日 平成9年8月25日
判    決
東京都中野区弥生町一丁目一六番五号
原告 伊藤芳子
同所
原告 伊藤隼也
埼玉県上尾市大字瓦茸二七一六番地尾山台団地三街区二号棟二〇二
原告 田代久美子
右三名訴訟代理人弁護士
森谷和馬
東京都新宿区新宿6丁目1番1号
被告 学校法人東京醫科大学
右代理者理事 臼井正彦
右訴訟代理人弁護士 加藤済仁
    同     松本みどり
    同     岡田隆志
主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する
2 訴訟費用は、原告らの負担とする
事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告伊藤芳子に対し1,495万円、原告伊藤隼也に対し、776万2500円、原告田代久美子に対し718万7500円及びこれらに対する平成6年3月31日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告の開設する病院で点滴を受けた入院患者が点滴終了直後に心停止に陥り、約2時間後に死亡したことについて、死亡した患者の遺族である原告らが、右死亡は、被
告の被用者である医師に輸液の選択に関し、又は蘇生処置等の上で過失があったことによるものであると主張して、被告に対し、使用者責任に基づき損害賠償を請求した事案であ
る。
1 争いのない事実
1.当事者
(1) 原告伊藤芳子(以下「原告芳子」という。)は、亡伊藤良徳(大正11年5月3日生まれ。以下「亡良徳という。」)の妻であり、原告伊藤隼也(以下「原告隼
也という。」)及び原告田代久美子(以下「原告久美子」という。)は、亡良徳の子である。
(2) 被告は、東京医科大学病院(以下「被告病院」という。)を設置し、その管理運営に当たっている学校法人である。
2.亡良徳の入院
 亡良徳は、抑うつ状態のため、平成6年3月2日、被告病院精神神経科に入院した。入院後、被告病院では、板垣浩医師(以下「板垣医師」という。)が亡良徳の主治医となっ
た。
3.亡良徳の死亡
 亡良徳は、同月30日、夕食をほとんど撮らず、午後6時ころ、「息が苦しい。」「酸素が欲しい。」と訴えた。
板垣医師は、午後7時ころ、亡良徳を診察し、午後8時ころから、亡良徳に対し、50パーセントブドウ糖20ミリリットルを加えたソリタT3 500ミリリットルの点滴を開始するとと
もに、側菅からペントシリン2グラムを混入した生理的食塩水100ミリリットルの点滴を開始した。
 午後9時45分ころ、右点滴が終了したが、このころから亡良徳に呼吸微弱が出現し、口唇色不良、徐脈傾向となった。
板垣医師は、亡良徳に対し、人工呼吸や心臓マッサージ等の蘇生処置を行ったが、午後11時38分、亡良徳の死亡を確認した。
2 争点
1.亡良徳の死因
(原告らの主張)
(1) 血液検査の結果によれば、亡良徳の白血球数は、入院以来、常に高値を示していた。
また、炎症反応の存在を示すCRPの値も次第に上昇してきた。そして、入院以来、微熱の傾向が続いており、咳嗽も認められた。
これらの検査値や症状は、亡良徳に呼吸器系の感染症があり、しかもそれが快方に向かっていないことを示唆している。
(2) 亡良徳は、被告病院に入院後、食事の摂取が不十分で体重も減少しており、「るいそう」の状態に陥っていた。
そのために、3月30日の時点では脱水状態にあり、体力も相当に低下していたと考えられる。このような状態では、心臓の機能も正常より低下するのは当然である。そして、一般
に、脱水状態は、高カリウムの状態をもたらす。
(3) ところが、3月30日午後8時ころから点滴が開始されたソリタT3にはカリウムが含まれており、もともと脱水による高カリウム状態に加えて心臓が弱っているところへ、ソ
リタT3に含まれるカリウムが投与されたため、高カリウム血症から心室細動を来たし、心停止に至ったものと考えられる。
(4) しかも、心停止の後に適切な蘇生処置が施されなかったため、心停止状態から回復することができず、ついに死亡に至ったものである。
(被告の主張)
(1) 脱水症の場合、血液検査で総蛋白、ヘマトクリット、BUN、クレアチニン値の上昇、尿では比重の上昇等の所見が認められる。
しかし、亡良徳の3月29日の検査所見では、これらの値は、BUNを除き、正常値を超えておらず、BUNもボーダー値であった。
(2) 脱水によりカリウムの値が高くなることはあるが、これは、極度の脱水のために腎血流量が低下し、腎機能低下が引き起こされた場合に起こる。そして、腎機能が低下し
た場合には、クレアチニン、BUNの値が上昇する。
しかし、前述したとおり、亡良徳の3月29日のクレアチニン値は正常であり、BUNもボーダー値であった。
 したがって、亡良徳の腎機能が低下していたことはなく、3月16日の血清カリウム値が3.5ミリイクイバレント/リットル(軽度低値)であったことからみて、3月30日の時点で
亡良徳の血清カリウム値が高値であったとは考え難い。
(3) 以上によれば、亡良徳の死因が原告ら主張の高カリウム血症によるものであったとは到底いえない。結局、亡良徳の死因は不明である。
2.板垣医師の過失の有無
(原告らの主張)
(1)不十分な全身管理
 亡良徳は、経口による摂取が困難であり、その結果として「るいそう」及び脱水の状態に陥っていたのであるから、板垣医師は、もっと早期に経口以外の方法で栄養補給・水分
補給を行うべきであったが、これを怠った。
その結果、体重の顕著な減少、体力の低下、脱水という危険な状態を招いた。
(2)血液ガス分析の懈怠
 亡良徳は、3月30日の夕方、息苦しさを訴えていたのであるから、板垣医師は、この時点で速やかに血液ガス分析を行い、酸素不足があるかどうかを具体的に確認すべきであっ
たのに、これを怠り、聴診しただけで済ませてしまった。
(3)電解質検査の懈怠
 一般に、脱水状態の患者に対しては、その状態を正確に把握するために電解質の検査を行うべきである。
特に、新たに輸液を開始しようとするときは、電解質の状態を検査した上で行うのが常識である。
しかし、板垣医師は3月30日の午後8時ころから、電解質検査を行わないままで輸液を開始したために、カリウムが高値であることに気づかなかった。
(4)輸液剤の選択及び輸液速度の誤り
 これまで輸液を行っていなかった患者に対し初めて輸液を開始する際には、ソリタT1などの開始液と呼ばれる輸液剤を使用するのが医学的な常識である。
この開始液は、カリウムを含んでおらず、高カリウム状態を引き起こす危険がないからである。
しかし、本件では、最初からソリタT3を使用した。ソリタT3は、維持輸液と呼ばれ、カリウムを含んでいるために、高カリウム血症には禁忌とされている。
 しかも、一般的には、1時間に200ミリリットル程度の点滴速度が標準とされているのに、本件では午後8時から午後9時45分までの105分間で合計600ミリリットルを投与したとさ
れている。
このように点滴速度が速すぎると、循環を担う心臓に過大な負担をかける結果となる。
 この点滴のために高カリウム血症から心停止を招いたものであるから、輸液剤としてソリタT3を選んだこと自体が誤りであり、点滴の速度も速きに過ぎた。
(5)監視体制の不備
 被告病院側では、「点滴が終わって看護婦が様子を見た際に亡良徳の呼吸が止まっていた。」と家族に説明しているが、亡良徳の入っていた個室では、ナースコールの設備が撤
去されており、亡良徳の方からは、たとえ苦しくても看護婦を呼ぶことができなかった。すなわち、容体悪化に対する監視体制にも問題があったと考えられる。
(6)蘇生処置の誤り
 一般に心停止の患者に対しては、A(気道確保)B(呼吸)C(循環)D(薬剤投与)の順序で、速やかに蘇生処置を行うのが医学的な常識である。本件でも、心停止を確認した
ら、まず最初に挿菅をして気道を確保し、次に酸素を投与すべきであったが、被告病院の記録によれば、実際に挿菅がなされたのは、心停止から25分も後の午後10時15分である。
それ以前からアンビューバックで酸素投与がなされたことになっているが、挿菅なしで行われた酸素投与が効果を挙げていたかは疑わしい。
 また、挿菅と同時に右鎖骨下から中心静脈栄養でソリタT3を投与したとされているが、高カリウム状態が原因で停止した患者の心臓にさらにカリウムを加えたことは、蘇生の目
的からは逆効果であった。
 このように、誤った蘇生処置がなされたのは、板垣医師に救急蘇生の知識と経験がなかったためであるが、正しい手順で蘇生処置がなされていれば、たとえ心停止に陥ったとし
ても、亡良徳が死亡にまで至ることは回避できた。
(被告の主張)
(1)輸液剤の選択及び輸液速度について
 ソリタT3は、日常の臨床場面で初回輸液時から頻用される輸液剤である。そして、3月30日の時点で亡良徳には高カリウム血症を疑わせる症状、所見、検査結果はなかった
のであるから、ソリタT3での輸液を開始したことに何ら問題は無い。ソリタT3には確かにカリウムが含まれているが、カリウム濃度は20ミリイクイバレント/リットルであ
り、ソリタT3500ミリリットルの投与による血中カリウム値の上昇は、極めて軽微なものである。従って、右点滴投与によって、亡良徳が高カリウム血症により死亡したとは考
えられない。
 また、成人のソリタT3の点滴速度の標準は、1時間に300ないし500ミリリットルとされている。
本件では、約105分間で600ミリリットルの輸液を行っているから、点滴速度は1時間に約340ミリリットルとなり、比較的緩徐であった。したがって、点滴速度が速すぎたために心
臓に過大な負担をかけたとは考えられない。
(2)蘇生処置について
 被告病院では、板垣医師が亡良徳の呼吸停止後、直ちに気道確保、人工呼吸及び心臓マッサージ等の基本的な蘇生処置を始めると共に、専門医にも連絡して、さらに高度の蘇生
処置を行ったものであり、結果が功を奏さなかったからと言って、何ら注意義務違反や過失はない。
 また、亡良徳は、どのような蘇生処置を行っても救命できなかった可能性が高いから、仮に被告病院の行った蘇生処置に何らかの過失があったとしても、亡良徳の死亡との間に
は因果関係がない。
3.損害
(原告らの主張)
(1)葬儀費用 
 亡良徳の死亡に際しての葬儀費用100万円は、原告芳子及び同隼也の両名が折半して負担した。
(2)慰謝料
 亡良徳の死亡に対する慰謝料としては、少なくとも2500万円が相当であり、原告らは、亡良徳の右慰謝料請求権を法定相続分どおりに相続した。
(3)弁護士費用
 原告らは、本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に依頼し、その報酬を原告芳子につき195万円、原告隼也につき101万2500円、原告久美子につき93万7500円と定めた。
(被告の主張)
 損害に関する原告らの主張は、争う。
第3 争点に対する判断
1  前記争いのない事実及び証拠(甲13、乙1ないし4、6、証人板垣浩、原告芳子本人)によれば、次の事実を認めることができる(原告芳子本人尋問の結果中この認定に反
する部分は、信用することができない。)。
1. 亡良徳は、平成2年8月28日、被告病院精神神経科で受診し、神経症性不眠と診断された。
以後、亡良徳は、月1度くらいの割合で同科に通院し、精神安定剤(ドグマチール、デパス等)、睡眠剤(レンドルミン、サイレース、アモバン、ユーロジン等)の投薬を受けて
いた。
2. 亡良徳は、平成5年4月、職場を退職し、自宅で過ごすことが多くなったため、抑うつ状態となり、同年9月29日からは被告病院精神神経科において、抗うつ剤(デジレ
ル、ドグマチール等)の投与を受けるようになった。
3. 平成6年2月2日、亡良徳が原告芳子に対し「安楽死させてくれ」などと希死念慮を訴えるようになったため、原告芳子は、被告病院精神神経科に入院の予約をしたが、その
後、右予約は、原告芳子により取り消された。
なお、同日、抗うつ剤トリプタノールが投与された。
 同月10日、亡良徳が日中もいらいらしてじっとしていられないということで、原告芳子から再度入院の希望があった。
4. 同月17日、亡良徳から、尿が出ないとの訴えがあり、抗うつ剤をトリプタノールからデジレルに変更した。
また、亡良徳は、同日、被告病院泌尿器科で受信し、導尿及び、診察を受けたところ、軽度の前立腺肥大と診断された。
   同月18日午後11時ごろ、亡良徳は、排尿困難を訴えて被告病院泌尿器科救急外来として受診した。
しかし、家族の話では、排尿はできていたとのことであり、亡良徳が不安がるため、膀胱にバルーンカテーテルを挿入した。
   同月21日、被告病院泌尿器科で尿道造影検査を行ったが、前立腺肥大は認められなかった。
また、排尿困難については、バルーンカテーテルを抜去し、経過観察となった。
5. 同月23日、亡良徳は、抑うつ状態が悪化したため、被告病院精神神経精神科で受診した。
原告芳子の話によれば、亡良徳は、昨年家を改築して原告隼也と同居したが、原告隼也は自分の意見を通してしまい、亡良徳が原告隼也夫婦のけんかの仲裁に入ったりす
ることも多く、家庭内不和の連続であった。
また、原告隼也は、ストレスを亡良徳にぶつけるが、亡良徳は、我慢してストレスをためこんでしまうということであった。
 同月24日、亡良徳は、喉頭がつかえる感じがするということで、被告病院耳鼻科で受診し、翌25日にも、再度、同科で受診した。その際、同年3月14日の胃透視を予約し
た。
 同年2月28日、亡良徳の抑うつ状態がさらに悪化し、うろうろ落ち着かず目が放せない状態となり、入院まで待てないということで、被告病院精神神経科で受診した。
6. 同年3月2日、亡良徳は、被告病院精神神経科に入院した。同科では、入院時以降、板垣医師が亡良徳の主治医となった。
板垣医師が原告芳子から聴取したところによれば、亡良徳は、同年2月ころから、がんではないかと心配し、食べると喉につかえる感じがして食事もほとんど摂れなくなってい
た。また、原告隼也は自分の意思を通してしまうところがあって、亡良徳と馬が合わず、亡良徳の定年退職後、原告隼也のほうが発言力が強くなったと言うことであっ
た。
 板垣医師の診察によれば、亡良徳は、不安感、焦燥感が目立ち見るからに落ち着かず、訴え方も一方的で執拗な感じであった。
また、排便、排尿についての固執傾向が著明であり、身体的には前立腺肥大、痔疾、白内障が認められた。
神経系の所見に特に異常はなかった。
 入院時の身長は168.7センチメートル、体重は57キログラムであった。
 板垣医師は、右診察の結果等を総合して、亡良徳の治療として、抗うつ剤、精神安定剤、睡眠剤、緩下剤を投与することにした。
なお、板垣医師は、亡良徳の死亡に至るまで、1日に3~4回程度亡良徳を診察したが、蓄尿を指示したことはなかった。
7. 同月3日、亡良徳の状態は、やや落ち着いてきた。また、食欲は不振であったが、何とか食べていた。
この日の血液検査の結果は、白血球数10800、CRP0.3以下、コリンエステラーゼ0.44、総コレステロール165、BUN14.9、クレアチニン0.50であった。
 同月5日、昼ころ、亡良徳に38.5度の発熱があり、解熱剤を注射した。咽頭に軽度の発赤があったが、肺呼吸音は正常であり、感冒と診断した。また、軽度脱水所見が認められ
たため、飲水を促した。
 同月7日、亡良徳に夜間不眠でナースステーションに入り込む等の問題行動が認められた。排便、排尿困難は改善した。
 同月9日、亡良徳は、被告病院口腔外科を受診し、慢性辺縁性歯肉炎と診断された。
 同月12日夜、亡良徳は、興奮した様子で「今からすごい事が起こる。世界中がパニックになる。警察が来て自分は殺される。」などと訴えるようになり、妄想が出現して不穏と
なった。
 同月13日、亡良徳の体重は51.5キログラムであった。
 同月14日、亡良徳の精神状態が不穏であったため、被告病院で予定していた胃透視を中止した。
また、同日夕方から、亡良徳に対する処方内容を、テトラミド(抗うつ剤)を中心としたものからリントン(抗精神病薬)を中心としたものに全面的に変更した。
 同月16日の血液検査の結果は、白血球数11400、CRP3.2、コリンエステラーゼ0.16、総コレステロール144、BUN25.4、クレアチニン0.73、カリウム3.5であった。
 同月17日、亡良徳の体温が37.7度あり、前日の血液検査で白血球数、CRPの値が高かったことから、念のため抗生物質を処方した。
 同月20日、亡良徳の体重は、51.5キログラムであった。同月22日午後10時45分、亡良徳は、全裸で床に横たわっていた。
8. 同月27日、亡良徳の体重は、50.5キログラムであった。午前1時20分、体温が37.5度であったため、クーリングをした。午後2時には体温が35.5度に下がった。
 同月28日、亡良徳は、朝食、昼食をほとんど食べなかったが、夕食は少し食べた。午後2時、体温が37.7度であったため、クーリングをした。この日の夕方からタリビット(抗
菌剤)の投与も開始された。午後7時には体温が36.8度に下がった。
亡良徳は、翌日予定の採血についてこだわりが強かった。
9. 同月29日、午前2時と5時、亡良徳のポータブルトイレに排尿があった。亡良徳の体温は36.7度であった。
食事は食べなかったが、朝と昼に牛乳を飲んでいた。この日の血液検査の結果は、白血球数13500、ヘモグロビン11.6、
ヘマトクリット33.5、CRP11.9、GOT12、GPT11、LDH378、ALP104、γ-GTP16、コリンエステラーゼ0.13、総コレステロール126、総蛋白5.9、BUN25.7、クレアチニン0.61であった。
また、尿検査の結果は尿比重1.015、ウロビリノーゲン4.0であった。亡良徳は、午後7時の検脈中も、わずかな間しか落ち着いて座っていられず、うろうろしていた。
10. 同月30日午前4時、亡良徳は、お茶くみや水道に何度も通ってきて、「水飲んでいい。下痢するかもしれないよ。」
と繰り返していた。
 午前6時、亡良徳は、自発的にシーツ交換を手伝った。
 午前9時、亡良徳は、落ち着かずうろうろしていたが、身のまわりの整理等は自分で行った。
 この日、亡良徳は、朝食と朝食は摂らなかったが、お茶は2~3杯飲んでいた。また、体操にも参加していた。
 板垣医師は、午前の診察結果から、食欲不振(むしろ拒食)が続くようであれば、翌日から点滴を行うこととし、ミラドールを本日夕方から投与するとともに、リントンの増量
も検討することとした。
   午後3時、亡良徳の状態は比較的落ち着いていた。
11. 午後6時ころ。亡良徳は喉がゼロゼロしており、「息苦しい、酸素をくれ。」と訴えたが、口唇色は良好で、食事を促すと主食を3口、副食を3口摂取した。
 午後7時ころ、板垣医師が亡良徳を診察したところ、聴診上、肺呼吸音は正常で、心雑音や心調律の異常などは認められず、口唇チアノーゼもなかった。また、会話も可能な状
態であった。板垣医師は、前日の血液検査で白血球数、CRPの値が上昇していたことから、上気道炎を疑い、輸液と抗生剤の点滴を行うことにした。
 午後7時10分、抗生剤ペントシリンの皮肉テストを行ったが、結果は陰性であった。
12. 午後8時ころから、亡良徳に対し、50パーセントブドウ糖20ミリリットルを加えたソリタT3 500ミリリットルの輸液を開始するとともに、側菅からペントシリン2グラムを
混入した生理的食塩水100ミリリットルの点滴を開始した。
 午後9時ころ、ペントシリンの点滴が終わった。亡良徳から「おつうじもれたらどうしよう。」との発言があった。
 午後9時30分ころ、亡良徳は、いびきをかいて眠っており、口唇色も良好であった。
13. 午後9時45分ころ、点滴が終了した。このころから亡良徳に呼吸微弱が出現し、口唇色不良、徐脈傾向となった。
 午後9時50分、呼吸停止状態となった。このころ、看護婦の連絡で板垣医師が駆け付けた。板垣医師は、直ちに亡良徳の頭部を後屈させ、喉部を挙上して気道を確保し、アン
ビューバックで人工呼吸を開始するとともに、心臓マッサージも開始した。午後10時ころ、板垣医師は、看護婦に対し、麻酔科の医師を呼ぶように指示した。
 午後10時5分、板垣医師は、アンビューバックに酸素を接続した。また、ボスミン1アンプルを心腔内に投与した。
 午後10時10分、板垣医師は、心電図モニターを装着した。
 午後10時15分、駆け付けた麻酔科の医師は、気管内挿菅を行い、人工呼吸を継続した。
また、右鎖骨下静脈より中心静脈ルートを確保し、ソリタT3 500ミリリットルの点滴を開始した。
亡良徳に対するこれ以降の処置は、すべて麻酔科の医師が指示した。
 午後10時20分、メイロン1アンプル及びボスミン1アンプルを静注した。
 午後10時25分、ボスミン1アンプルを静注した。
 午後10時30分、メイロン250ミリリットルの点滴を開始した。また、カタボン・ロー20ガンマで点滴を開始した。
 午後10時40分、硫酸アトロピン1アンプルを静注した。
 午後10時42分、ボスミン1アンプルを静注した。
 午後10時43分、亡良徳の対光反射は、マイナスであった。
 午後10時47分、メイロンの点滴静注を中止し、ミラクリッド20万単位を静注した。
 午後10時49分、ソル・メドロール1グラムを静注した。
 午後10時50分、ボスミン1アンプルを静注した、
 午後11徐20分、血液ガス分析を施行した。
 午後11時26分、硫酸アトロピン1アンプルを静注した。
午後11時38分、板垣医師及び麻酔科の医師は、亡良徳の死亡を確認した。
14.  午後11時45分、被告病院精神神経科の医局長であった池内医師は、原告隼也に対し、亡良徳の死因が特定できないので、原因を究明するためにも亡良徳の解剖が必要
であると話したが、原告隼也は、そのまま亡良徳の遺体を引き取り、帰宅した。
2 争点1(亡良徳の死因)について
 亡良徳の死因について、原告らは、高度の脱水により腎機能障害を起こし、高カリウム状態となっていたところへカリウムを含有するソリタT3を点滴投与したために心室細動
から心停止を来したものであると主張し、被告は、亡良徳の死因は不明であるが、高カリウム血症による死亡はあり得ないと主張する。
1.脱水について
 証拠(甲1.5.7ないし9.15)によれば、脱水とは、体液が正常値より減少した状態を意味し、その原因としては、水分の摂取不足の場合と体内の水分が異常に失われる場合とが
あるところ、脱水の診断に用いられる検査所見としては、BUN/クレアチニン比の上昇(脱水の進行に伴う腎機能の低下を示す。)総蛋白値及びヘマトクリット値の上昇(いずれ
も脱水の進行に伴う血液の濃縮を示す。)等があることが認められる。
2.高カリウム血症について
 証拠(甲1.2.16ないし18)によれば、高カリウム血症とは、血清中のカリウム濃度が5.5ミリイクイバレント/リットル以上になった状態をいうこと、その原因として、腎不全
による排泄障害、挫滅症候群(重症外傷、筋損傷)、広汎な熱傷、重症感染症、副腎皮質機能不全、下垂体機能不全、呼吸性及び代謝性アシドーシス、保存血の大量輸血等が挙げ
られること、高カリウム血症になると、悪心、嘔吐、筋麻痺が現れるとともに、心電図上では、T波が高くなって先鋭化し、次いでP波が消失し、QRSが拡大してサイン波とな
り、不整脈や心室細動を起こし、ついには心停止に至る事が認められる。
3.ソリタT3について
 証拠(甲1.2.5.10.25)によれば、ソリタT3とは、輸液剤の中でも維持輸液と呼ばれる種類のものであり、維持輸液とは、1日の必要水分量を投与すれば必要電解質が補給される
組成のものであること、ソリタT3の電解質組成は、ナトリウム35、カリウム20、塩素35、乳酸20(それぞれミリイクイバレント/リットル)であること、用法は1回500ないし1000
ミリリットルを点滴静注する方法により、適応は、経口摂取不能又は不十分な場合の水分・電解質の補給・維持であり、禁忌として、高カリウム血症、乏尿等が挙げられており、
副作用として、大量・急速投与による脳浮腫・肺水腫・末梢の浮腫、水中毒及び高カリウム血症があることが認められる。
4. そこで、前記1で認定した本件の事実経過及び右1ないし3に示した医学的知見に基づいて、亡良徳の死因が原告ら主張の高カリウム血症によるものであったかどうかについて
検討する。
(1) 前記1で認定した事実によれば、脱水の指標であるBUN/クレアチニン比は、3月3日29.8、同月16日34.8、同月29日42.1と上昇していたこと、体重は3月2日57.0キログラ
ム、同月13日51.5キログラム、同月20日51.5キログラム、同月27日50.5キログラムと次第に減少していたこと、3月29日の尿検査では、脱水の指標であるウロビリノーゲン値は、
4.0と高い値を示したことが認められ、これらの事実は、一応、亡良徳に3月30日の時点で脱水があった疑いを抱かしめる。
 しかしながら、他方で、前記1で認定した事実によれば、3月29日の血液検査の結果、脱水の指標であるヘマトクリットは33.5、総蛋白は5.9といずれも正常値よりむしろ低い値
を示したこと、同日の尿検査でも、脱水の指標である尿比重は、1.015と正常値であったこと、亡良徳は、3月30日、お茶くみや水道に何度も通い、体操にも参加し、シーツ交換を
手伝ったり、身のまわりの整理等を自ら行ったりしており、お茶を2~3杯飲んでいたことなどの事実も認めることができ、これらの事実も併せて考えれば、亡良徳に3月30日の時
点で高度の脱水があったと断定することはできない。
(2) また、前記1で認定したとおり、3月29日の血液検査の結果、腎機能の指標であるクレアチニンは0.61と正常値であり、BUNも25.7と正常値をわずかに上回っていたにすぎ
ないであるから、亡良徳に同月30日の時点で腎機能障害があったとは認められない。
(3) さらに、前記1で認定した事実によれば、3月16日の血液検査の結果、亡良徳の血清中のカリウム濃度は、3.5ミリイクイバレント/リットルと正常値よりむしろ低い値を
示したこと、同日以降、急激な水分減少を示す体重減少は、ほとんどなかったこと、同月29日、亡良徳には少なくとも2回の排尿が見られたことが認められ、これらの事実に
(1)及び(2)に見たとおり、亡良徳には高度の脱水を疑わせる所見も腎機能障害を疑わせる所見もなかったことを併せて考えると、同月30日の時点で亡良徳の血清中のカリウ
ム濃度が高い状態であったと断定することはできない。
(4) 前記1で認定した事実及び右3で認定した事実によれば、3月30日午後8時から午後9時45分までに亡良徳に対して投与されたソリタT3の量は、500ミリリットルであり、そこ
に含まれるカリウムの量は、10ミリイクイバレント(バナナ1本に含まれるカリウム量の約半分)であったことが認められる。
 右(1)ないし(4)で検討してきたことを総合すると、亡良徳がソリタT3の点滴終了直後に心停止を起こし、約2時間後に死亡したという事実があるとしても、このことか
ら、直ちに亡良徳の死因が高カリウム血症によるものと推認することはできないものといわなければならない。
5. なお、中村洋一作成の意見書(甲14)及び証人中村洋一の証言中には、原告らの主張に副う次の意見がある。
(1) 血液検査の結果によれば、亡良徳のコリンエステラーゼの値は、3月3日0.44、同月16日0.16、同月29日0.13と低下していた。また、アルブミンの値も3月16日に3.5と低い
値であった。さらに、総コレステロールの値も3月3日165、同月16日144、同月29日126と低下していた。これらは、肝機能の低下を示している。
(2) 腎機能の指標であるBUNの値は、3月16日25.4、同月29日25.7と上昇していたから、亡良徳の腎機能は、低下していた。また尿比重が3月18日1.30、同月29日1.015と低下し
ているのは、腎臓での尿の濃縮度が低下したためと解釈される。
(3) 一般に高齢者は容易に脱水に陥りやすく、本件でも、亡良徳に著しい体重減少があり、頻脈や微熱が続いており、
口唇や舌の乾燥感、喉の詰まる感じがあったのだから、亡良徳には脱水があった。
 しかし、中村証人の右の意見は、同証人も認めるとおり、1つの推測ないし可能性として述べたものにすぎず、
かえって、前記4(2)で見たとおり、亡良徳に腎機能障害があったとは認められないこと、3月29日の血液検査の結果によれば、肝機能の指標であるGOT、GPT、LDT、ALP、γ̶
GPTの値はいずれも正常値であったのであるから、右(1)に掲げた検査結果だけから亡良徳に肝機能障害があったとするには根拠が薄弱であること、中村証人も亡良徳の死因が高
カリウム血症であったと指摘しているわけではないことなどに照らすと、中村証人の右の意見によっても、亡良徳の死因が高カリウム血症であったと認定するには至らない。
6. 以上のように検討したもののほか、亡良徳の死因が原告ら主張の高カリウム血症によることを認めるに足りる証拠はない。
3 争点2(板垣医師の過失の有無)
  次に板垣医師の過失の有無について以下検討する。
1.全身管理について
 原告らは、亡良徳が経口による摂取が困難であったため「るいそう」及び脱水の状態に陥っていたのであるから、板垣医師は、もっと早期に経口以外の方法による栄養補給・水
分補給をすべきであったのに、これを怠った結果、体重の顕著な減少、体力の低下、脱水という危険な状態を招いたと主張する。
  しかし、前記1で認定したとおり、板垣医師は、亡良徳を1日に3~4回診察し、3月5日、17日及び28日に亡良徳が発熱した際には解熱剤や抗生物質を投与するなど一定の処置を
とってきたものと認められる。
また、既に述べたとおり、亡良徳には高度の脱水を疑わせる所見も全身状態が悪化していたという所見もなかったのであるから、それ以外に経口以外の方法による栄養補給・水分
補給をしなかったからといって、直ちに板垣医師に過失があったということはできない。
2.血液ガス分析について
 原告らは、3月30日の夕方に亡良徳が呼吸困難を訴えたとき、板垣医師は、すぐに血液ガス分析を行い、酸素不足があるかどうかを具体的に確認すべきであったのに、これを
怠ったと主張するけれども、右の確認のけ怠が原因で亡良徳が死亡したという因果関係を認めるに足りる証拠はない。
3.電解質検査について
 原告らは、板垣医師は、亡良徳にソリタT3を点滴投与する前に電解質検査をすべきであったのに、これを怠った結果、カリウムが高値であることに気づかなかったと主張する。
 なるほど、証拠(甲5.6.14.15.証人中村洋一)によれば、脱水状態の患者に輸液をする際には、あらかじめ電解質検査をし、脱水の性状分類や必要な水分補充量を割り出してお
くことが望ましいとされている。しかし、本件では、既に判示したとおり、亡良徳には高度の脱水を疑わせる所見や高カリウム血症を疑わせる所見はなかったのであるから、板垣
医師がソリタT3の輸液をする前に電解質検査をしなかったからといって、これが亡良徳の死亡という結果を生ぜしめるべき過失を構成するものということはできない。
4.輸液剤の選択及び輸液速度について
 原告らは、板垣医師が脱水症状の亡良徳に対し、まず、ソリタT1などの開始液から点滴投与すべきであったのに、いきなり維持輸液であるソリタT3を点滴投与したために、亡良
徳は、高カリウム血症から心室細動を来たし、心停止に至ったものであると主張する。
 なるほど証拠(甲5.14ないし16.証人中村洋一)によれば、中度以上の脱水のある患者に輸液をする際には、まず、開始液から輸液を始め、尿量が30ないし50ミリリットル/時
以上にまで回復してから、維持輸液に切り替えるものとされていることが認められる。しかし、前記2で検討したとおり、亡良徳の死因が高カリウム血症であったとは認めること
はできず、さらに、証拠(甲5.10.25.証人板垣浩、同中村洋一)によれば、一般臨床の場では、少しの脱水であれば、維持輸液から点滴を開始しても差支えないとされており、亡
良徳には高度の脱水を疑わせる所見や高カリウム血症を疑わせる所見はなかったのであるから、板垣医師が亡良徳を軽度の脱水に過ぎないと考えて、ソリタT3から点滴を始めた
ことについても、これが亡良徳の死亡と言う結果を生ぜしめるべき過失を構成するものとまでいうことはできない。
 次に、原告らは、板垣医師が亡良徳に対し、約105分間で合計600ミリリットルの輸液をしたことについて、点滴速度が速すぎたと主張する。
 しかし、証拠(乙5)によれば、ソリタT3の点滴速度は、1時間当たり300ないし500ミリリットルとされており、本件の点滴速度は、ソリタT3について見ると1時間当たり
285.7ミリリットルであったのであるから、亡良徳が高齢者であり、一般に高齢者に対する輸液の場合には点滴速度を遅くすべきであると言われている
(甲14、16、証人中村洋一)ことを考慮に入れてもなお、右点滴速度が速すぎたと言うことはできない。
その他、本件の点滴速度が速すぎたために亡良徳が死亡したことを認めるに足りる証拠は、何ら見当たらない。
 なお、中村洋一作成の前掲意見書及び証人中村洋一の証言中には、亡良徳は、3月30日当時、体液平衡のバランスを崩しており、そこにソリタT3を比較的速やかに投与したた
めに細胞内外液の緩衝作用が機能せず、電解質異常、細胞内脱水の進行を来たし、心筋障害から不整脈などの急性心不全症状を引き起こしたとの意見がある。
 しかし、右の意見は、同証人も認めるとおり、亡良徳の死因についての推測ないし可能性を述べたものに過ぎず、亡良徳が体液平衡のバランスを崩していたことを認めるに足る
証拠もないことなどに照らすと、中村証人の右意見によっても、板垣医師によるソリタT3の点滴投与をもって亡良徳の死亡という結果を生ぜしめるべき過失があったとまで認定
することはできない。
5.監視態勢について
 原告らは、亡良徳の病室からナースコールの設備が撤去されており、被告病院の監視体制に問題があったと主張するけれども、右の問題があったことを認めるに足りる証拠は全
くない。
6.蘇生処置について
 原告らは、亡良徳が心停止に陥った後の蘇生処置が不適切であったため、亡良徳を救命することができなかったと主張する。
 しかし、前記1で認定したとおり、被告病院では、板垣医師が、亡良徳の呼吸停止後、直ちに気道を確保し、アンビューバグで人工呼吸を開始するとともに心臓マッサージも開
始するなど基本的な蘇生処置を行い、麻酔科の医師の応援を求めた上、これに応じて駆け付けた麻酔科の医師が気管内挿管など更に高度な蘇生処置を行っているのであって、一応
の蘇生処置は尽くされたものと認められる。
 原告らは気管内挿管がなされたのは呼吸停止から25分も経ってからであり、遅きに過ぎると主張する。
しかし、板垣医師は、それまで気管内挿管をした経験がなかった(証人板垣浩)のであるから、自ら挿管をするよりも麻酔科の医師に挿管を依頼した方がよいと判断したことは、
やむを得ない相当な判断であったといわざるを得ない。
また、精神神経科の病棟と麻酔科の医師のいる建物とは別棟であった(証人板垣浩)から、麻酔科の医師に応援を求めてから右医師が実際に挿管を行うまでの間に若干の時間がか
かることはやむを得なかったものと認められる。
 以上のほか、板垣医師その他の被告病院の医師に蘇生処置の上で亡良徳の死亡の結果を生ぜしめるべき過失があったことを
認めるに足りる証拠はない。
第4  結論
 以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、
訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第17部
 裁判長 裁判官 雛形要松
     裁判官 永野圧彦
     裁判官 鎌野真敬
 
 送達 平成9年11月10日 原告
       同       被告
 
 確定またはその他の完結
 平成9年11月26日 確定

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