iremcyhn

irem ceyhan · @iremcyhn

7th Dec 2010 from Twitlonger


ガイドのことと私


イレム ジェイハン











1. 仮説と動機
2. デイスカッション
2.1 セルマさんはどうしてガイドになったか?
2.2 ガイドになるために何をした?
2.3 セルマさんによってガイドのおかげで何かあったことがある?
2.4 ガイドのことについて目標は何ですか?
2.5 説明するのが一番好きな場所はどこですか?
2.6 それでこの場所の文化とか神話学とか歴史など話していますがこの中で一番説明するのが好き話題はどちらですか?
2.7 何語でガイドをしていますか?
2.8 トルコ人とイギリス人とされているツアーの間に何か違いがあると思いますか?
2.9 ガイドの以外に何かをしているか?
3. 結論
4. おわりに


1.動議と仮説

私は4年前にアンカラ大学でガイドをすることの勉強をした。大学を卒業した後で私の実家なのでチャナッカレへ帰った。チャナッカレへ帰ったばかりにガイドをし始めた。それで,3年ぐらいチャナッカレの近くにある場所でガイドをしている。大学を卒業したばかりに、イスタンブールへ行き、この町である観光の会社に申し込み、日本人のお客様にトルコを案内する機会をとり、日本語でもガイドをするつもりである。

しかし、私は学生だから、時間がたりなく、遠くの所でガイドをする機会がない。最初にこれを短所だど思ったけど、チャナッカレにボズジャアダとかアソスとか自然が美しく、静かな所がありますから、今、チャナッカレでガイドをすることが好きである。例えば、この所でガイドをしている時海で泳いだり、ワインを飲んだり、美味しい料理を食べたりするチャンスがある。それから、トルコにたくさんこのような所があり、ガイドをする時どこもへ行くチャンスがある。例えば、私は19さいからガイドのことのおかげでトルコのさま々な町へ見に行っており。ですから、ガイドのことは他の仕事のより最も面白いと思う。

ガイドのことは楽しいのに、私はガイドをした後で家に帰え、すぐ寝ており。つまり、ガイドをしている時一日中座らず、話しており。例えば、お客様と一緒にバスで行く時、座らないで有名な場所とこの場所の特別なことについて話しており。行く予定がある場所に着くと歩きながらその所を案内しており。とても疲れており。その結果、ガイドのことはテレッキングのようなスポ‐ツだと思う。でも、たいてい、チャナッカレで朝から晩まで、一日しか働いていない。だから、毎日夜になると家に帰え、自分のベットで寝るチャンスがある。これは私にとって、チャナッカレでガイドをすることの一番大切な長所である。

ガイドと言うのは私によると、自分の文化を発達するために大変なことである。ガイドをする場合は、私は色々なことを習っており。そのうえ、ガイドをするためにツアーがされている所の歴史、神話学、文化、生き方、有名なことと地理学などを本とか、インターネットで探し、習わなければならない。なぜなら、ツアーをする時、何か質問があったら、私は詳しく説明をしなければ、他のツアーをするチャンスが少なくなる。そのようなことが表さないように、私はいつもツアーの前にツアーの所について書いてある知識を読み、できるだけ習うようにし、準備をしており。私と歴史の関係はもこんなに表した。ゲリボールでツアーをし始める前にチャナッカレ戦争について書かれている本をよく読み、歴史の関係がある本を読むのがだんだん好きになり始めた。このことのおかげで、今チャナッカレ戦争の前にあった時代と後にあった時代にもきょうみがある。

ガイドのことのおかげで今は昔より最も小説を読んでいたが、今、歴史の本だけを読むのが好きになり、いつも歴史について何かを考えたら、ガイドのことを歴史の一部だと思う。



2.デイスカッション

ディスカッションの相手は私と同じ仕事をしているセルマさんにお願いした。セルマさんもガイド、私と同じ大学を卒業したから、ディスカッションが面白そうだと思った、ガイドのことについて話をした。

私のこのデイスカッションのためにガイドのことを選んだのは他のガイドが私と同じ考えを持っているかどうかについて探しをするのである。それでガイドのことについてセルマさんと私の違うことを習いたくなった。最初にセルマさんはなぜガイドになったのかを聞いた。

2.1.
私:セルマさんはどうしてガイドになったか?

セルマさん: 子供のごろ様々な楽しいことがあったよ。例えば、夢で観光客を見た。観光客は全員中国人、全員は飛行機のなかにいた。全員の中国人はこの大きい飛行機のなかにあっても、飛行機と中国人を私の2メートルぐらいの近くに見た。この夢の影響が私にとって心理的に大きくあった。

私;そうですか。楽しいね。

セルマさん:そうだよ。しかし、私の両親の家がアソスいせきの近くにある。あった日私は小学校から家に帰っている時いせきの中にいお祈りしておりドイツ人に会った、このドイツ人が四十ぐらいだった。ドイツ人のとなりにガイドもいたがトルコ人だからお祈りしていなかった。このときガイドと話した。このあいだ一人のドイツ人は私と話し、私におかしをあげてくれた。その後で私がうれしくなったから、このおかしをしぬまで守ろうと思ったが子供なので食べてしまった。これは今でも私にとって貴重な経験である。

私;そうだね。この外国人のおかげでセルマさんがガイドになったんだね。

セルマさん;はい、そうだね。

私:面白いね。このような他の経験もある?

セルマさん:はい、あるよ。トロイいせきの近くにある村に何回も行っても観光客に合った。このような経験のえいきょうが私が成長するにつれ、だんだん大きくなった。
そのほかに、ガイドはツアーでいつも一番目の席に座り、道の方を運転手に説明するから、私はバスでどこかへ行くときバスの一番目の席にガイドのような座るのがほしい。それからどこかでもリーダーのような観光客の前で歩いていたら、何かについて説明するのがほしい。


私も子供の時いつも外国人に合ったね。私の両親が二人とも先生だったから毎年夏休みがひまだったね。それに家族が海と泳ぐことが好き、毎夏休みでアソスの周辺には自然と海が美しいからこのごろにあるキャンプへテントをはりにいっていた。キャンプを一か月ぐらいしかしていなかった。でも私は二歳から十五歳まで家族とキャンプをしていた。アソスの周辺へいつも外国人もキャンプをするために行くようにしていた。特に、フランス人とドイツ人が行っていた。時々、トルコ語と英語で話していた。私は子供だったから、よく話しなかったが外国人がいつもトルコ語で私にジョークをしていた。たとえば、私は子供の時いつも、昼にも、晩にも朝ごはんを食べていた。キャンプにいる一人のフランス人はいつも私を見、「イレム、kahvaltı」を言うようになっていた、面白かった。私がガイドと外国語に興味があるのが子供のごろのこの経験と始めた。セルマさんはも同じようになったといった。
そして、私によっていつも同じ所で仕事をするのがちょっとつまらないことである。さらに、私はいつも同じ人々とこの同じ所で働いており、いらいらしている。なぜなら、このような一つの経験があるね。私は大学を卒業したばかりにイスタンブールにあるかんこう会社で三月ぐらい働いていた。でもそのときガイドをしなかった。インターネットと電話でかんこう客と話をし、かんこうきゃくが止まりたくなるホテルに予約していた。いつも同じ仕事をしてから憂くなった、三月しか働いていなかったね。最後に辞職し、ガイドをするためにチャナッカレに帰った。今、他の仕事をするはずがないと思う。ガイドをするうちに、いつも違う所へ行き、新しい人々に会う。こういうわけで、幸運をつかんだと思う。


2.2.
私:その経験の後、ガイドになるために何をした?

セルマさん:私の両親がいつでも私のために教員とかかんごふなど仕事を考えておりたが、私はアンカラお大学のガイドの学部を選び、勉強をした。学生の時にも授業に受けず、ツアーに行っている。これも私にとって貴重な経験だった。それでは、ガイドの学部の学生たちはガイドになるためにしなければならない事があるよ。例えば、トルコの文化観光所が決めた町へ見に行かなければならない。学生たちがこのルールによると四十ぐらいの町へ行かなければならない。しかし、ガイドの学部の学生たちが行く所をよく習うようになるためにガイドを連れて行かなければならない。でもこのガイドはガイドになろうと思ってる学生たちに何かを説明するから仕事で上手な人、八年ぐらいの経験があるべきである。
私がこのツアーでいつもガイドのとなりに行き、説明の重要なことなどをノートに書いていた。その書いたことをツアーの前に読むために今でも守っているね。

私もそうしておりね。私も学生の時、教習のツアーでノートに書いたことと先生が授業で案内したことを今にも何回でも読むようになったね。このノートに書いてあることがインターネットで決して見つけない貴重な知識である。この貴重な知識の上で、ガイドは何でもちょとうしっしだと思う。例えば、ガイドがたいてい、何でも見つけた知識を守り、この知識の中にある特別なことについて、ガイドの友達が質問をしたりすると、何も言わない。特にこのような貴重な知識について、ツアーの時しか話していない。単にこのことについては、ガイドの友人としか話しをしないかもしれない。ガイドはツアーでどのぐらい貴重な知識を観光客に伝えば、伝えるほどいいわけである。それでは、現在には知識が世界の一番目の貴重なことになったと思う。


2.3.
私:面白そうです。それから、セルマさんによってガイドのおかげで何かあったことがある?

セルマさん: はい、あります。例えば、ガイドのおかげで新しい人々に会うことが多いだから、いつでも新しい友達ができている。そして、今、昔より最近には何かあったことにますます気を付けている。ガイドの学部を勉強し始めたばあいから本をよく読むようになった。このため、興味があることが多くなった。
さらに、ガイドをするために全部のこととか状態について情報がいりるから、もう何かを見学し、色々なことの名物を知りたくなり、何か区別なことについて探しはじめた。

私もセルマさんのような、ガイドを始めていらい、いつも何かを探すべきのような感じがある。他のガイドも同じような感じるかもしれない。

2.4.
私:ええ、私の状態とまま同じである。じゃあ、ガイドのことについて目標は何ですか?

セルマさん:全国でガイドをするつもりですある。この以外に、私は人々がトルコに「ガイドのこと」を考えたら、私のことをおもいだすようになってほしい。まだガイドの始めのころにいるが将来に上手になるのを信じている。このことをイメージするのはすばらしい感じだから上手になるためにどんな仕事でもしている。


じゃあ、私の目標がいつも、言う通りにトルコで日本語でガイドをすりうことである。やはり、このために、今にも学生である。楽しいことに、日本語を習うなら、いつも新しい友達ができている。


2.5.
私:そうですか。いいですね。説明するのが一番好きな場所はどこですか?

セルマさん:アヤソフィヤである。なぜなら、アヤソフィヤの場所に最初に神でんが立てられた。この神でんがこわれた後に、キリスト時代、アヤソフィヤ教科が立てられた。それから最後にモスクになった。ですから、昔から現在までの住んでいた人々の信じていたのが変わったからこの状態について名物がある。アヤソフィヤと言う建物が別のしゅうきょうを信じていた人々から使われていた。つまり最初にクリスチャンが使っていたが後にムスリムが使っていた。それでこの建物は別な文化を私たちに見せている。


私が説明するのを一番好きな場所はボズジャアダである。なぜなら、ボズジャアダの海や自然が美しいと思う。そして、この場所の神話と歴史も楽しいとおもう。
例えば、神話によると昔の時、ある日、ある国にこの国の国王と奥様が住んでいる。この夫婦の一人の息子さんもいる。この家族が幸せであるが、ある日、国王の奥様がなくなる。奥様をうしなった国王が短い時間の後に他の女の人と結婚する。でもこの女の人が悪いことを考えている人である。結婚式の後にすぐ国王と話し、「この息子がほしくない。私たちの国にこの息子はもう住んでいるのはいけない。何かをしてください」といったから国王が不幸の子をはこの中に入れ、このはこを海をかいほうする。それからこのはこが海で船のようなゆれ、現在にはボズジャアダと言われている島につく。この時、はこの中にいる「テネス」と言う息子がそとに出たからこの島に住み始める。この間、国王は息子をしたことが悪いと思う、間違いをしたのを分かるようになった。この残念な気持ちでテネスの住んでいる島へ行ったがテネスがお母さんを見たくなくなったから国王が国家に帰った。それからテネスが死ぬまでこの島に住んでいたから島の名前がテネドスになった。テネドスの意味はテネスの島である。しかし。神話にもボズジャアダの名前がテネドスである。
それから、歴史によると、ボズジャアダに色々な公共が生んでいた。1455年の後からにオスマントルコのりょうどだったが、1914年まで色々な戦争で短い時間のためせんりょうされた。最後に第一次世界大戦で、1914年から1923年にかけて、フランス人とイギリス人がこの島をせんりょうしたが1923年でこの国々とされたロザヌと言うじょうやくのおかげでこれからトルコのりょうどになった。
さらに、ボズジャアアダの神話と歴史の以外に例えば、有名なの飲み物がある。ボズジャアアダのワインが有名である。だから、島にワインの工場があり、とても美味しいワインが作られている。私はワインがとても好きである。
さて、ボズジャアダが私によって、一番目であるのは色々なとくしょくがあるわけだ。


2.6.
私:いいですね。ガイドをしている時この仕事をしている場所の色々なことについて話しているね。それでこの場所の文化とか神話とか歴史など話していますがこの中で一番説明するのが好き話題はどちらですか?

セルマさん:たくさんの人のいき方に興味がありますから一番ほしいのが文化ですある。そして、私は行く所の文化について話している時観光客様は自分の文化について何かを思い出し、私に説明してくれる。これはとても面白いと思う。この面白いことのおかげで私は別なことを習うようにしている。

私によって、ガイドをする時一番説明するのがほしいのは歴史である。このことがひとによって違う。セルマサンによって文化である。他のガイドに聞いたら違う答えがもあると思う。みんなの興味が違うだね。例えば、私はガイドを始めて以来、ずっと歴史の本を読んでいるから、歴史がない世界を考えない。でもこれは、私は歴史の他に話題についての話が面白くないと思うわけではない。例えば、神話が、私にとって、面白い話題である。そして、私が神話について話をする時お客様が面白そうに見える。観光客は心がまんぞくしていると思う。でも、また、歴史が人間の人生だから、ともかく、重要なことだと言われている。それで、一応歴史について探し始められば、やめれないで続けている。例えば、ツアーで、私が歴史について案内を皮切りにして、おおぜいの観光客は次々に意見をいい、質問している。こうやって、私の以外にも、おおぜいの人の歴史と関係があるのを分かる。面白いことに、昔には、今私たちが住んでいる所に別々な人が住んでいたね。例えば
一世紀の前、トルコ人じゃなく、オスマントルコが住んでいた。この人々が現在よりとても別な服を着き、別な生活をしたらしいである。そして、日本人が昔にいつも着物とかゆかたなどのような服を着たと言われている。例えば、現在の日本人をこのような空想し、自分をこの世紀に、日本に住んでいそうに感じるのが面白いと思う。さて、これは、自分自身を歴史の一部のような考えることだと思う。不思議なことだね。

2.7
私:何語でガイドをしていますか?

セルマさん:トルコ語と英語でしている。

私は時間が足りなく、トルコ語だけでガイドをしている。残念だと思っても、日本語でガイドをし始める日を待っている。でも、セルマさんが学生じゃなく、時間によゆうがあり、いつもガイドをする機会があるよ。

2.8
.私:トルコ人とイギリス人とされているツアーの間に何か違いがあると思いますか?

セルマさん:はい、違いがあると思う。例えば、ツアーにトルコ人の興味があることがイギリス人よりたくさん違う。
トルコ人は自分の文化に興味がありますが、イギリス人は自分の文化の以外に文化に興味があり、モスクと昔から使われているトルコのハマムとかアナドルにあるいせきなどとクリスト教が始め、広がっている場所を見にいっている。
それからトルコ人は楽しみをするのが大好きですが、イギリス人はもっと静かなのですある。

トルコ人の文化とイギリス人の文化が違うから、トルコ人よりイギリス人と話をすることも違う。セルマさんがトルコ人が自分の文化にだけ興味がると言ったが、私がそう思いない。私は人によって違うと思う。私によって、ガイドはトルコ人に、トルコ人がイスラム教をしっているから、たいてい、クリスト教についての説明をしている。ぎゃくに、イギリス人にほとんどのばあいは、特にトルコのアナドルと言う所にクリスト教関係がある場所とか教会があるから、二つ共のことについて説明をしている。このような違うことがあると思う。

2.9.
私:ガイドの以外に何かをしているか?

セルマさん:はい、私は去年ロシア語を習い始めた。なぜなら、トルコの南にたくさんロシア人が行っていますがロシア語を話せるガイドが少ないですある。そして、他にたくさんの人が知らない言語を習いたい。でもまだ何語を習うかどうか決めなかった。

私: セルマさんディスカッションありがとございます、とても面白かった。

3.結論

私はなぜガイドについて書きたかったというと、ガイドのことのえいきょうが私の生活の全部の部分にある。ガイドは私によって、理想の仕事だと思う。たとえば、どこかへバスで行くとき、ガイドをしそうな感じがし、マイクロホンをとり、話をするつもりである。デイスカッションのとおりに、セルマさんの感じも同じである。たいてい、ガイドを一回しかしないひとでもこれを感じると思う。バスの中にいる四十ぐらいの人々がガイドを聞き、このことについて質問をしているのがガイドによっていい感じである。
私は学生だから、にほんごのクイズとか試験のために勉強せずばあいにはガイドの関係がある何かをしている。
その後、私以外他の人のガイドのことについて感想を習いたくなった。しかし、セルマさんとほかのガイドの友達と話して以来、たいてい、ガイドは自分で生活するときにも何か短いことでも、ガイドのことを連想している。たとえば雑誌で何か新しいことを読んでいるガイドがいつも「ええ、そうだね。。このことについても話をするつもり」と考え空そうにふける。それで、ガイドのことは私たちの生活にあるだろう。
このデイスカッションをセルマさんとしたら、他のガイドと私の間にある違うことを見るチャンスがあった。だいたい、特別な違うことがあっても、私もセルマさんもガイドのことが何でも好きなのを分かった。


4.おわりに

ガイドのためにがんばるのがちょっと難しいと思いますが、一回だけれでもガイドをした人たちがもちろんこの仕事をつづけるらしくなるよ。なぜなら、私にとって、人々はガイドをはじめて、この仕事がゆかいなから、かいてきにする機会があるのを分かっている。
さて、私とデイスカッションをして下がったセルマさん、本当にありがとうございました。とても楽しかった。


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